第62話

 朝、教室についた私は、あまり心穏やかではいられなかった。

 というのも、花と湊が話していたからだ。


「花のこと、気になるのかしら?」

「……そう、ですね」


 鈴の問いかけに対して、私はそう答えるしかなかった。

 やがて、花は湊との話を終え、私のほうへと来た。

 湊は席についていつものように勉強を始める。


「おはよー、夏希、鈴」


 花は笑顔とともに片手を振ってくる。

 私はそんな花をじっと見ながら、先ほど鈴が言っていた言葉を何度か頭の中で考えていた。



 〇

 


「あ、あの……その、お昼一緒に食べない?」


 花の声が私の耳まで届いた。

 私が話していたとはいえ、湊は少し驚いたような表情だった。


「あ、ああ……いいけど……ここで食べるのか?」

「うん……嫌かな?」


 湊は少し困っているようだった。

 ……まあ、教室にはほかにも生徒がいる。

 みんなの前で食事をするのは、あまり目立ちたがりではない湊からすれば結構気にすることなんだろう。

 私はそんな二人をじっと見ていたが、やがて湊は息を吐いて頷いた。


「……まあ、いいけど」


 ……二人が一緒に食事をとる。

 学校で……私なんて、給食のときくらいしかそんな経験はなかったのに。

 私の中で明確に嫉妬の感情が出ていた。 

 それでも、表に出さないようにしていると、


「それじゃあ、こっちに来て食べればお二人さん」


 鈴がちょいちょいと手招きしていた。

 ……えぇ!? ここにさそうの!? 私がどんな顔で食事をすればいいのだろうか!

 鈴は何だか楽しそうな笑顔とともに、私にウィンクしている。……そりゃあ、鈴は楽しいでしょうけどね!


 花と私の視線が一瞬ぶつかる。花はそれから唇をぎゅっと結んだ。

 ……まるで、私には負けられないとばかりにっ。

 私だって、同じ気持ちだ。けど、彼女のように前に出るようなことはできなかった。

 湊は自分の椅子を引っ張るようにしてきて、私たちのほうにやってきた。花がそんな彼の隣に座った。


 花は鞄から弁当箱を取り出し、湊に渡す。受け取った湊は笑顔とともに口を開いた。


「ありがとな」

「あはは、口に合わなかったらごめんね」

「大丈夫じゃないか?」

 

 ……あぁ! 湊が花の弁当を食べていく! その表情が笑顔になって、私の中ではいくつもの嫉妬の感情が生まれた。

 ああ、もうどうしてこんなことになっているの! 悔しいっ!


「どう?」

「ああ、うまいな」

「良かった。それ昨日の夜あげたんだよね。朝レンジでチンしたから、ちょっと味落ちちゃってるかもって思ったけど大丈夫そうでよかった」


 花は本当に嬉しそうに微笑んでいた。

 その笑顔を見ていると、ずきり、と心が痛む。

 湊……に料理を作るのは私の役目だったのに……。


「そういえば、夏希の愛妻弁当を毎日食べていたのよね? どう? どっちのお弁当を毎日食べたいのかしら?」


 鈴がからかうように私達を見てきた。

 ……花は少し緊張したような笑顔で、私もきっと似たような顔をしていたと思う。


「……比べるものじゃないんじゃないか? どっちもうまいな」

「完璧な回答ね」


 湊はそう言ってくれたけど……私は自分の料理にあまり自信は持てなかった。

 湊は普段見せないような表情をしている。

 ……きっと、花の料理が美味しかったのだろう。


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