第63話


 昼食を食べた後の体育の時間だった。

 今の体育は体力測定しかしていないのだが、更衣室にて俺に対しての注目が集まっていた。

 ……合同授業なので、他クラスの連中にも情報が出回ってしまっていた。


 困り果てた俺がちらと小次郎を見ると、彼はくすくすと笑った。


「どうやら人気者になったみたいだな」

「これが人気か? 冗談だろ?」


 周囲の話し声にかぶせるように、小次郎に声をかける。

 小次郎はくすくす笑っていて、俺はため息をつくしかなかった。

 

「それにしたって、おまえなんであんなに仲良いんだよ? 付き合ってないんじゃなかったのか?」


 ……しつこいな。

 一緒に行動してから、かれこれずっと言われていた。

 ……どうするかな。


「……誰にも言わないか?」

「おう、もちろんだ」


 小次郎が秘密を守るのかどうかはわからないが……このまま黙っているよりかは相談したほうがいいだろう。


「前に花に告白されたんだよ」

「え? まじでか?」


 小次郎は目を輝かせた。さすが恋バナが好きなだけあるな。


「それじゃあおまえは断ったのか?」

「ああ」

「またなんで? 花は結構カワイイ子だろ? あれか? 胸が不満か?」

「失礼だぞ……。ていうか、別に理由はなんだっていいだろ」

「まあ、そうだけどよ。……なるほどな。それで、花はけなげに頑張ってるってわけか……うぅ、いい子だな。応援したくなってきた!」


 納得するように小次郎がうなずいている。


「……彼女を応援したいのなら、周りにうまく言っておいてくれないか?」

「おまえに対する注目をやめてほしいみたいな感じか?」

「ああ。このまま毎日のように注目されたんじゃさすがにな」

「わかったよ。花にとって不利益になるっていうなら、こっちでどうにかしておくぜ」


 小次郎がにこっと微笑んだ。

 ……今は彼のコミュ力を信じるしかないな。



 〇



 学校が終わるころには、俺に対する視線もずいぶんと減った。

 小次郎のやつ、うまく説明してくれたようだ。

 放課後。俺がいつものように一人帰ろうとすると、花がやってきた。


「帰り道、途中まで一緒だし一緒に帰らない?」

「……」


 まっさきに視線を向けたのはもちろん夏希だ。

 一緒に帰るということは、彼女らもいるのではないだろうか?


「……まあ、いいけど」

「やった。それじゃあ、いこっか。ばいばい、夏希、鈴」


 ひらひらと手を振って花が俺の腕をつかんできた。

 少し強引に引っ張るように動いた彼女に、俺は驚いていた。


 ……夏希たちは一緒じゃないのか。

 つまり二人きりでの下校、か。

 靴を履き替え、学校を出た。


「……なんだかこういうの久しぶりだね」

「そうだな」


 前に一緒に帰ったのは、半年くらい前か?

 帰りに寄りたい店があるといわれ、荷物持ちをお願いしたいとかなんとか。


「あのときも、もしかしたら私は意識していたのかもね」

「そ、そうか」

「でも、あのときとは、湊の私への意識が違うよね?」


 からかうように夏希が覗き込んできた。

 ……まあ、そうなんだよな。

 あのときは一クラスメートとしか見ていなかった。

 ただ、今は――。俺はあのときの告白を思い出し、唇をかんだ。


「前に私が誘ったときなんか、特に意識してなかったよね?」

「……まあな」


 むしろ、裏で何か企んでいるんじゃないかとは思っていた。


「……だから、前よりは意識してくれるかな?」

「そう、だな」


 花の積極性に、俺は頬が熱くなる。

 ……そこまで想ってくれている彼女に、もちろん悪い気はしない。


「そういえば夏希から聞いたけど、何やら部活動紹介で発表するみたいじゃーん」

「……じゃんけんで負けたばっかりにな」

「大変そうだね。けど楽しみにしてるよ」

「楽しみって言ってもな。そういわれるとむしろ緊張するな」

「緊張するんだ」


 こちらを覗き込んでいた彼女に当然だとうなずく。


「緊張しない人間だと思ったか?」

「だって、私がその告白したときとか……別に緊張してなかったんじゃないの?」

「滅茶苦茶したぞっ」


 俺は思わず声をあげる。俺のどこを見てそう思ったんだ!?


「え、そうなの? だって表情にあんまり出てなかったよ?」

「……そうか? けどまあ……ああいう経験なんてないからな。そう思われるのが嫌だったから、無理やり耐えたんだよ。心臓飛び出るかと思った」


 ……彼女いない歴=年齢の俺の小さな見栄である。

 説明していると悲しくなってきてしまった。


「そ、そうなんだ……意識、してくれてたんだ」


 ……俺は素直な気持ちを伝えて、恥ずかしくなってしまった。

 並んで歩いていると、花が俺の右ひじをぎゅっと握ってきた。


「お、おい……」

「ど、ドキドキしてくれてる?」

「……ああ、そうだな」

「そっか。よかった」


 花は頬を染めながら嬉しそうに微笑んだ。

 ……ああ、調子が狂うな。

 頭をかきながら、俺はそう思った。

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