第32話 私は弁当の提案をする

 私は今、鈴を恐れていた。

 ……あのとき、鈴は花の話を流そうとしたのではなかった。

 気が抜けたところで、一気に聞き出すためにあえてあそこで聞かなかったのだ。



 ○



 カラオケのパーティールームに入った私達は、他の人の歌に時々ノリながらも鈴の注目は花に集まっていた。


「なるほどねぇ、去年の文化祭の裏ではそんなことが行われていたのね」


 ふぅ、と鈴は小さく息を吐いた。

 ……鈴は初め、まったく関係ない話をしていたにも関わらず、気づけば今は湊の話になっていたのだ。

 おまけに花も、なぜか恋愛相談していますという空気にさせて――。


 結果からいえば、私にとっては大問題だった。


「文化祭の日に絡まれて、それで助けてもらったのね」

「そ、そうなんだ。他校のちょっとガラの悪い人が来て……私クラスの出し物の宣伝してたら、絡まれて……いやまあ、こんな見た目だしそれはそれで仕方ないんかもしれないけど」

「花。あなたは悪くないわ。自分の好きな格好で外に出ることは決していけないことではないわ」

「す、鈴……」

「まあ、あなたの場合はちょっとスカート丈短すぎる気もするけれど」

「あげて落とすのやめてくれないかなぁ!」


 花はぷんすか怒りながら、私が耳を覆いたくなるような話をしていた。

 湊に助けられ、それからちょっと気になるようになった。

 無理やりラインを交換して、文化祭のあともなにかと誘ったらしい。

 だいたいいつも断られてしまい、それをネタに休み明けに話すまでが日常になっていたそうだ。


「……なるほど、ね」

「恋愛マスターの鈴的に……脈あると思う?」


 花は……本気で湊を狙っている。

 まずい、まずい! 今世紀最大のピンチだ!


「……そうね。厳しいと思うわ。私はあまり湊くんを知らないけれど、あなたくらいの容姿の子にそこまで迫られてまったく気にしないのはおかしいわ。もしかしたらすでに股の間のものを失っているかもしれないわ」


 いやあったわ。おぼろげだけど、見たわ。


「きゅ、急に下ネタやめてくれない!?」


 花が顔を真っ赤にして、鈴の腕を叩いている。

 

「……まあ、半分冗談だけど。結構本気だわ。……男って案外かわいい子に迫られたらすぐ勘違いするものだわ。だから、例えば夏希が笑顔で男子に迫れば、相手はしゅきゅーってなるでしょ?」

「た、確かに」

「あの、私で変な想像するのやめてくれませんか……?」


 花も花で勝手に納得しないでほしい。


「けど、私にそこまでの力はないんじゃないかな?」

「十分、あると思うわ。……ただ、好みに合わなかったって可能性はあるわね」

「好み?」

「まず花は……そうねあまり体が大人っぽくないわ」

「いきなりザクザク胸に刺さることを言わないでくれないかな……」

「冷静に分析しているの。あとは、そのゆるっとふわっとした髪型ね。人によってはギャルっぽいとか、陽キャっぽさが全面に押し出されていて、やはり気圧される人はいるわ」


 鈴がびしびしっと花の髪と胸を指差す。

 ……確かに、それはあるかもしれない。

 私も初め花に声をかけられたときはビビった。裏につれていかれて、カツアゲでもされるんじゃないかって。


 別に花の見た目が怖いんじゃなくて、あからさまに陽の者の空気が出ている。私も周りが勝手に近づいてくるだけで、基本は湊よりの人間だから気持ちは分からないでもない。


「……イメチェンしたほうが良かったってこと?」

「そうね。ただ、それに関しては調査をしてからのほうがいいわ」

「調査?」

「ええ、そうよ。相手の好みを理解して、髪型とかを変えるのよ。それで、相手に聞こえるように『好きな人の好みに合わせてみたのー』とか言っておけばいいのよ」


 鈴の作戦に私は驚愕した。

 ……恋愛マスター鈴。

 私も彼女に弟子入りしたくなったけど、この気持ちを表に出すわけには……本当にいかなくなってしまった。



 ○



 カラオケが終わったあと、私達はショッピングモールに移動した。

 ショッピングモールに移動したときには十人ほどまで人は減り、フードコートでダラダラと話していたら、さらに最後は六人にまで減った。

 佐々木くんのグループである三人組と、こちらの三人組。


 一年の時の話だったり、二年になってからの話であったり、そんな話題で盛り上がった。


「そういえば、泉山さんって彼氏とか興味ないの? 俺立候補するぜ?」

「おい、バカなこと言ってんなよ!」


 そんな男子の軽いノリに私は微笑とともに首を振った。


「今は興味ないですね」

「夏希はずっとそうだもんね」

「ええ、まあ。勉学に忙しいですし、今は友達と一緒にこうしている時間のほうが好きですから」


 私がこういう集まりに参加するのは、わりと気軽な環境の中で、こうやって否定できるからだ。

 これで、私の高校二年生の生活も比較的落ち着いたものになっただろう。


 向こうの男子は明らかにテンションが落ち気味だったが、佐々木くんがすぐに口を挟んだ。


「ま、いつかは興味も出るかもしれないしな。というか、結構遅い時間だけどそっちは大丈夫?」


 佐々木くんが首を傾げ、問いかけてきた。


「私と花は家近いから大丈夫だけど、夏希は結構あったよね?」


 鈴の問いかけに、私はこくりと頷く。

 スマホを見てみると、確かに十九時を過ぎていた。外はすっかり暗くなっているだろう。


 それと同時に、湊からラインが来ている事に気づいた。

 ……一体なんだろう?

 私が気になってみてみると、雨が降っているが大丈夫かということだった。

 頬が熱くなった。

 

 ……なんで、普段あんなに興味なさそうなのに、こういうところだけは優しいんだろう。

 ……花がわりと本気で湊を狙っているのもあるから、私はこの気持ちを抑えようと思っていたのに――。


『お願いできるのであれば、傘を持ってきてほしいです』

 

 ……私は、そう返信をした。

 さっき、花の気持ちを知ったばかりなのに。

 私は、なんだか……自分を意識してくれる湊がみたいから。ただ、そんなちっぽけなことのために、彼に来てもらいたいと頼んでしまった。

 近くを見れば傘なんて売っている場所はどこにでもある。


 それでも、来てほしかった。

 今だけは……今だけは、自分を意識してほしい。

 ……たぶん、私が湊に嫌われるようになったのは、そういう自分勝手な部分を気づかぬうちに出してしまっていたからなんだろう。



 ○



 それからしばらくして、湊からメッセージが届いた。


『ついたんだけど、どうすればいい?』


 それを見てから、私は席をたった。


「家族が迎えに来ましたので、私もそろそろ帰りますね」

「おっ、そうか。気をつけてな」


 佐々木くんがそういって、他の人達も立ち上がる。

 私は万に一つもみんなとすれ違うことがないように、皆が出るのとは逆の入り口へと向かう。


『北口の入り口で待っててください。今行きます』


 それから急ぎ足で向かうと、傘を二本持った湊がいた。

 ……やはり仏頂面である。花と話しているときのような笑顔はなかった。


「すみません、わざわざ来てもらって」

「気にするな」


 お互いに傘をさして、歩いていく。

 ……話題も特にない。ただ、知らずうちに彼は歩道の外側にたち、私を守るように歩いていた。

 ……そういうところ、無意識にやっているのかもしれないが、私は一人舞い上がってしまうくらい嬉しかった。


「夕食は食べましたか?」

「ああ、もう食べた。そっちも食べたんだよな?」

「はい」

「こっちのことは気にしなくていいからな」


 気にしなくていい。

 ……それは一体、どのような意味があるのだろうか?

 私なんてどうでもいいから……だから、そういったのだろうか。

 私はぎゅっと唇を噛んだ。


「……そこで、一つ思ったのですが……明日からお弁当になります。どうしますか?」

「……」


 気づけばそんな質問をしていた。

 ……少しでも湊との繋がりを大事にしたい。そんな一心での問いかけだった。

 湊はしばらく考えるような素振りを見せたあと、首を振った。

 

「別に俺はコンビニとかで買うから気にしなくていいからな?」


 嫌だ。

 せっかく、今は一緒なんだから……なら、せめてもっと深く関わりたい。

 けど、そんなことを正直には伝えられない。

 だから私は、苦笑混じりにそれっぽい理由を伝えた。


「毎日食べていたら、体壊しますよ」


 そういうと、湊は困ったような顔をした。

 ……ああ、たぶんまた嫌われてしまったな。私は内心でそう後悔しながら、湊をじっと見返した。


「……それなら、弁当を頼んでもいいか?」

「はい」


 湊はいつもの表情で、そう言ってきてくれた。

 私はひとまず彼との繋がりの一つを守ることができて、ほっと胸をなでおろした。


 それから、多少の自己嫌悪にも陥ってしまった。私、面倒くさい女じゃないか? と。


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