第44話



 体育館裏にて、俺は軽く息を吐いた。

 ……さて、今の俺がどこまで持つか、だな。

 最悪の場合を想定して、警察への連絡はすぐにできるように準備している。


 ……まあ、何とかなるだろう。

 基本能天気な俺は、そんなことを考えながら、三人組の登場を待っていた。

 第一声はどうしようか?


 よく来たな、覚悟はできてるな? とでも言っておこうか?

 そんなことを考えながらしばらく待っていると、現れた。

 敵の影は一人だった。


 ……花だけだった。

 なんだと?

 俺は驚きながら彼女がこちらへとやってくるのを見ていた。


 ……いきなり仕掛けられる可能性があるので、俺は気を抜かずにいた。

 ……実は花はめっちゃ強いとかいう話でもあるのだろうか? 昔は不良たちを締め上げていた女番長だった、とか。


 ……確かに髪染めてるし、そんなことを言われてもおかしくはない。

 油断せずに見ている。どこかゆったりとした歩き方は隙があるようで、まったくなかった。

 ――やはり、かなりのやりてか。

 

 そんなことを考えながら、彼女の動きを観察していると。

 花は俺の前にやってきて、上目遣いに見つめてきた。……まあ、身長差があるので自然と上目遣いになる。

 

 こう間近でみると本当に整った顔してるんだな、と思った。神様ってのはなんでこう人によって差をつけるんだろうな? みんな違ってみんないいとでも思っているんだろうか? 現実はそんなことはまったくない。


「……その、とりあえずここまで来てくれてありがとね」

「ああ……」


 俺は周囲を警戒していた。

 ……体育館裏は、二か所の通り道がある。

 俺はいざとなったら今花が来たのとは逆方向へと逃げ出そうと考えていた。


 ……そちらに人の気配はない。

 ただ、敵が気配をたつのがうまいだけかもしれない。


「……え、えっと大事な話、なんだけど……その、いきなりこんなこと言われても困るかもしれないんだけど……」


 いきなりこんなことを言われても困る……?

 ――死んでくれ、とかだろうか?

 ぞくり、とした。


 花のちょっと照れたようなその表情も、すべてが俺を油断するための罠――すでに俺は包囲されているのではないか?


「私、その……ずっと……えーっと、気になっててね」


 うざい、ってことでいいんだよな?

 うざい、気に入らないから消す。

 ……ここは現代日本だぞ? いつの間に俺は治外法権の世界へと迷い込んでしまったのだろうか。


 そして、目論見が甘かった。

 俺はすぐに警察を呼んで助けを求めたほうが良いのかもしれない。彼女の隙をみて、スマホを見る。

 ……なに!? 圏外だと!?


 普段こんなことなど滅多に起きないのに、なぜだ!?

 まさか……っ、すでにこの空間は彼女に支配されているとでもいうのだろうか?

 ……俺が驚き、わなないていると、花が俺の顔をじっと見上げてきた。



「……好きだよ」



 静寂に包まれた空間に、その短いことが突き刺さった。

 ……好き? いや、隙? 隙だらけ、ということか? 困惑していた俺に、花は顔を真っ赤にして、つづけた。


「たぶん、ずっと好きだった。文化祭で、色々手伝ってもらってから。ときどき、ああやって話す時間が……だから、私と付き合ってほしい……です」


 まっすぐにこちらを見てくる花に――俺は今さらながらに自分が勘違いしていたのだと気づき、二つの意味で頬が熱くなった。

 俺は基本、察しの良い人間で通っている。あまり感情を出さない夏希の機微をすぐに察することができるあたりで、多くの人は理解してくれるだろう。


 まず、まったくここまで考えていなかったこと。

 そして、今更ながらに告白という状況に、頬が熱くなる。

 こんな経験、これまでまったくなかったからだ。


 真剣に、俺を見てくる花に、俺は状況の整理ができていなかった。

 非リア充として生きてきた俺からすれば、何かのドッキリ、あるいは罰ゲームがすぐに浮かんだ。

 ……ただ、それを口にするのだけはダメだとわかっていた。


 彼女が本気だったとき、傷つけることになる。

 だまされただけならば、傷つくのは俺だけで済む。

 だから、どうして俺を? そんな風に浮かんできた疑問のすべては、喉の奥に飲み込んだ。


「……俺は――」


 素直に、思っている気持ちを伝えよう。

 ここまで、熱のこもった言葉をかけてもらったのだ。こちらも、それに報いるように答えるべきだ。


「俺は花に声をかけられるのを、初めは面倒だな……と思っていた。けど、まあ悪い気はしなかった。……まあ、花は、その可愛いしな」


 恥ずかしかったが、彼女が素直な気持ちを伝えてきた以上、俺も伝えなければ。

 そんな一心で口を開くと、花は顔を真っ赤にして、こくこくと相槌を打っていた。


「けど、……悪い。告白には答えられない。俺は花とは……付き合えない。それだけだ」


 そう伝えると、花はぎゅっと唇を結んでから、こくりとうなずいた。


「……そっか」


 花はそういって、納得したようにうなずいて笑う。

 俺はさらに続けて、口を開いた。


「俺は好きな人がいる……好きな人は、どうしたって手が届かない。けど、この気持ちがある限り、他の誰かとは……付き合えない。……それが、断った理由なんだ」

「そうなんだ……」

「……悪いな」


 彼女が俺に気持ちを言ってきたのだから、曖昧な返答では納得しないだろう。

 花はにこっと微笑んだ。


「別に、そこまで言わなくてもいいのに」


 ……少しだけ涙が浮かんでいるのを見て、彼女が本気で俺を好きなんだと思った。


「……その人と付き合っているわけじゃないんだ?」

「ああ。全然……ただの憧れみたいなものだ」

「それなら、私にもまだまだチャンスがあるってことだよね?」

「……い、いやそれは――」


 ……断言できるようなことじゃない。告白に失敗して、メンタルボロボロだったら、もしかしたらなびいてしまうかもしれない。

 そのときの自分がどんな心理状況か想像できないので、何も言えなかった。


「湊の恋……応援するけど、応援しないよ」

「……どういうことだ?」

「だって、成功しちゃったら、私にチャンスがなくなっちゃうから。いじわるだって思わないでね」


 からかうように舌を出した彼女の笑顔がまぶしかった。


「……わかってるよ」


 そこまで思ってもらえているのに、それ以上何か言うわけがない。


「そこまで、ちゃんと伝えてくれてありがとね。これからも、毎日話しかけるからっ、今度はちゃんと私のことを意識してね! それじゃあ! 呼び出してごめんね!」

「……ああ」


 俺は去っていく花を見送りながら、すごいな、と思えた。

 ……ああやって誰かに気持ちを伝えることの難しさを俺はよく知っている。

 伝えたくて、頑張って……でも、喉元まできた言葉はぐっと押し込まれて、消えてしまうんだ。


 自分の中にある弱い心が、様々な理由をつけて、その言葉を押し返す。

 まだいいんじゃないか? 別に無理に伝えなくても……今はそのときじゃないから……。


 そんないくつもの理由付けをして、そして俺はずっと感情を押し込んでいた。

 ……俺はただただ純粋に花を尊敬し、そして先ほどの言葉を思い出し、耳が熱くなった。

 まだ、しばらく、俺はここで休んでいよう。

 






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もしも時間のある方は、別に連載している『オタクで陰キャでぼっちな俺が、モテるはずがない』と『外れスキル『正拳突き』で無双する』も読んでくれれば嬉しいです。

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