第43話


 私と鈴は、教室に一緒にいた。

 湊はカバンを持って教室を出て、花も同じくだ。

 ……万が一付き合うとなれば、そのまま一緒に帰るのではないだろうか?


 それに、十分という制限時間ができたのも、悪くはなかった。

 体育館裏から教室まで、おおよそ五分程度。話し始める時間等も加味して、おおよそ二十五分程度で結果が分かる。

 

 付き合えたら花からはラインでスタンプを適当に送るともいわれていた。

 私たちは机にスマホを置きながら、二人で向かい合っていた。

 ……私は、ずっとそわそわとしていた。

 すると、鈴がこちらを見てきた。


「緊張、しているの?」

「え!? あっ、は、はい……そうですね」

「別に夏希が告白するんじゃないでしょ」


 くすくすと鈴は笑い、それから椅子の背もたれに体を預けた。


「けどまあ……気持ちは分からないでもないかしら。私も……珍しく緊張しているかも。自分のことじゃないのにね」

「……大事な友人、だからですよ」

「……そうね」


 お互いに笑いあった。

 ……うまく、誤魔化せたと思う。

 違う。

 

 これは大事な友人の問題ではない。

 私にとっての、問題だった。

 ……自分の心が醜いなって思う。

 成功してほしいと思っている心は確かにある。けど、それを否定するような心もあるんだ。


 私はスマホをちらと見ると……あれ、圏外になってる。

 鈴がちらと私のスマホを見て、首を傾げた。


「……私のスマホは大丈夫ね。……あっ、ニュースになっているわ。なんでも、いくつかの会社が一時的に通信障害が発生しているみたいよ」

「……それで、なんですね」


 私は小さく息を吐きながら、先ほど抱いたもやもやとした気持ちについて考えていると。

 鈴が肘をついて顔を覗きこんできた。


「……ねぇ、ちょっと聞いてもいい夏希?」

「はい、なんでしょうか?」

「なんだか、表情がいつもよりも険しいわね」


 鈴の探るような視線に、私はドキリとした。

 ……彼女はいつも、すべてを知っているかのような表情で見てくる。

 それが人によっては落ち着けるのだろうけど、こういうときは純粋に心を見抜かれるんじゃないかという恐怖のほうが大きい。


「そ、それは……その、やはり告白という状況が、私は今まで経験がなくてね」

「そう、なのね」


 鈴はじっと私を見てから、


「本当に、それだけ?」


 鈴の笑顔に対して、私は何も言えなくなる。

 私が黙ると鈴は申し訳なさそうな様子で口を開いた。

 

「……明らかに、今の夏希って動揺しすぎに見えるわ。花のこと、だけでそうはならないと思うのよ」

「……そう、ですかね」

「そう、見えるわ。……もしかして、なんだけど――花のこと狙ってた?」

「そっちですか!?」


 私が思わず声をあげると、鈴は一瞬だけ笑顔を浮かべ、それから首を振った。


「……冗談よ。その反応はもしかして……湊くんのこと、狙っていたの?」


 今度は真剣に。

 ……さっきのは私を少しでも落ち着かせるための冗談だったのだと分かった。

 ここまで指摘されて、私は何も言えなかった。

 こくり、と頷くと、鈴は額に手を当てた。


「……いつから?」

「……どこから、話せばいいのやら……」


 私は困り果て、とりあえずずっと黙っていたことを鈴に伝えた。


「私、湊と幼馴染なんです」

「……そう、なのね。……それで、今湊くんのことをどう思っているの?」

「大好きです」


 私はぐっと唇を噛んで、そういった。


「大好きで……どうにかしたいけど、何もできなかったんです。だから私のことは、気にしなくて大丈夫ですよ」


 それは、本心だった。

 花が告白するまでに、一体どれほどのチャンスがあったというの?


 今回、たまたま花が好きになった人が、私と同じだっただけ。

 ……これまでにだって、表になっていないだけでそんなことは何度もあったかもしれない。私の知らないところで、湊はすでに誰かと付き合い、別れを繰り返していたかもしれない。


 だから、私を心配する必要なんて、まったくない。


「本当に、嫌でしたら途中で私は口を挟んでいます。ですから――」

「……本当に喜んでいるのなら、涙は出ないわ」


 鈴がそういって、ハンカチを取り出した。

 え、と思った。私の頬を何かが伝い、それに手を触れる。

 意識すると、ダメだった。心が悲鳴をあげ、体がそれを主張する。

 

 私は急いで涙を隠すように手をあてたが、抑えきれなかった。

 鈴が私の隣にそっと立ち、ハンカチを当ててきた。

 私は、ひたすら、彼女の隣で嗚咽をもらすことしかできなかった。



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