第42話


 花が告白する予定の水曜日を迎えた。

 私は穏やかではない心とともに、花たちと一緒に昼休みを過ごしていた。

 湊がいつものように教室を離れようとしたので、鈴がすぐに花の肘をつついた。


 花はここまで来て緊張で、動けないようだった。

 ……そりゃあそうよね。私が彼女の立場でも、きっとそうだ。


「花、早くいかないと……今日を逃したらまたずっと先までこのままですよ」


 私は……気づけばそう言っていた。

 花が小さくなっている姿を見て、なんだか昔の自分を思い出してしまった。

 ……自分も、昔湊に告白したいと思ったことがあった。


 あれは中学一年のときだった。……どんどん湊との距離ができてしまい、苦しくなったときのこと。

 けど、そのときの私の背中を押してくれる人はいなかった。

 だから、結局その溝は埋まらない。


 ……そんな、昔の自分を見ているような気分になってしまった。

 告白しないでほしい、というのが正直な気持ちなのに、こうして花の背中を押してしまった。

 ……よくわからない感情だった。


「う、うん……行ってくる!」


 花は駆け出し、湊の前に躍り出た。

 それから左右にステップを刻む。

 

「中学時代のバスケ経験が活きたわね」

「……活きてますか、アレ?」

「冗談よ……。まったくもう」


 鈴は苦笑し、私も同じように笑うしかなかった。


「どうしたんだ?」

「え、えーと……その。今日の放課後って暇かな?」


 ……もう、後にはひけない。

 湊の表情はどこか驚いたようなものだった。

 ……さすがに、湊もそれで察するものがあるはずだ。


「いや……あんまり今日はその、暇じゃなくてな」


 えぇ!? ここで否定!?

 私と鈴は驚いていた。


「え? そ、そうなの……? ちょ、ちょっとだけなんだけど……っ、じゅ、十分くらい!」

 

 くらいつく湊。……湊の表情は真剣なものとなり、それから口を開いた。


「……十分で、済むのか?」

「う、うん……ダメかな?」


 湊は考えるようにスマホを見た。

 ……そんなに何か重要な予定があっただろうか?

 私は思い返してみたが、何も思いつかなかった。


「わかった。十分、だな。……それなら、十分以上経ったら、俺は帰るからな?」


 花の表情がぱっと輝いた。


「うん! それで大丈夫だから! それじゃあ、放課後……体育館裏で待ってるからっ!」


 体育館裏、放課後。

 これでもう湊も察する者があったのだろう。まるで戦場に臨む戦士のような顔つきで教室を出ていった。

 戻ってきた花は、私たちの前に来て顔を真っ赤にした。


「な、なんとか……約束こぎつけられたぁ……」

「そうね。確かに、その日の放課後に約束をつけるのは無謀だったかもしれないわね」

「……そ、そうだよね。けど、かといって数日前から約束してたら、それはそれで私のほうがもたなかったかも……」

「まあまあ、ほらとりあえず栄養補給しないと」


 鈴が弁当をすすめ、花は体を起こした。

 私も弁当をつつきながら、花になんと声をかけようか迷ってしまっていた。

 と、花は笑顔とともに私を見てきた。


「さっき、ありがとね夏希」

「え?」

「背中押してくれて。あれなかったら私、あのまま見送っちゃってたかも」

「いえ……気にしないでください」


 純粋な笑顔を見ていられなくて、私は視線を弁当箱へと戻した。


「まさか、あそこまできてやっぱやめる、なんていいだすとは思わなかったわ」


 鈴がため息まじりにそんなことをいう。

 花はブスっと頬を膨らませた。


「す、鈴には分からないよ! だって、好きな人できたことないんでしょ!?」

「そうね。私はもっぱら見るほうが好きね」

「ほらもうっ! ……すっごいドキドキして、嬉しくて、楽しくて、けど、怖いんだからね」


 ……その気持ちは、痛いほどわかった。

 私はパクパクと弁当を食べていく。


「それは、羨ましいわね。私もそんな人と出会ってみたいわ」

「まあ、鈴もきっとそんな気持ちになるときが来ると思うよ。……そういえば、夏希はどうなの?」


 花が伺うようにこちらを見てきた。

 彼女の言葉に、私は微笑を浮かべた。


「私も、そういう想いを抱いたことはありますよ」

「え? そうなんだ? その人とは今どうなの?」

「特には、何もないですね。何も行動できなくて、結局ダメだったんです。ですから、花は……頑張ってくださいね」

「……そっか。……うん、頑張るね」


 私は、何も行動していない。

 だから、花に対して嫉妬してしまっているのは間違いなんだ。

 私はそう自分に言い聞かせ、何も考えないように食事を済ませた。


 


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