第65話



「それじゃあ、また明日ね!」


 元気よく手を振った花に、俺も手を挙げ返した。

 ……緊張したな。

 ほっと胸を撫でおろしていると、鈴が花と合流するように横を歩いて行った。

 ……ってことはもしかして。


 背後を見ると、夏希が近くにいた。

 夏希はじっとこちらを見てから、


「一緒に、帰りませんか?」

「……え? あ、ああ」


 突然の申し出に驚く。

 夏希が隣に並び、俺は家へと向かって歩いていく。

 ……突然どうしたんだろうな。


 そんなことを思っていると、夏希は口をぎゅっと結んだ。


「明日のお弁当は私が作りますから」

「……そうなんだな」

「はい」


 いきなりそういわれて、俺は大変困惑していた。

 ただ下手なことを言って彼女の期限を損ねたくなかったので、そのままにした。



 〇



 文芸部からの発表に関して、俺は文章をまとめていた。

 部屋には夏希がいる。パソコンで打ち込んでいた俺の隣で、夏希がじっと画面を見ていた。


 ……シャワーを浴びたあとなので、彼女からは良い香りが届いていた。

 ……同じシャンプーを使っているはずなのに、どうしてこうも違うのだろうな。


「あっ、ここ打ち間違えていますよ」


 夏希が文章を確認し、ディスプレイを指さした。

 俺は言われたとおりにそこを修正し、文章を確認していく。

 無線のマウスカーソルを動かし、街頭の部分を修正した。

 それからしばらく、文字を打ち込んでいく。文章に関しては、夏希が考えてくれているのでそこまで時間はかからなかった。


「だいたいこんなところか?」

「……そうですね。多分、問題はないかと。お互いに半分ずつ、確認していきましょうか」

「そうだな。分量的に、このあたりで一区切りか?」

「はい、そこでいいですね」


 紙を二枚印刷し、それから俺たちはそれぞれで読んでいく。


 ほっと胸を撫でおろしながら、俺は上書き保存をして軽く背中を伸ばした。

 あとはこれを本番で読めば、うちの部の活動的に文句を言われることはないだろう。


 頼まれたときはどうなるかと思ったが、本番には問題なく間に合いそうだな。

 俺が軽く背中を伸ばす。 


 とりあえず、夏希を特に怒らせるようなこともなく、無事二人での作業は終わった。

 ……少し感謝だな。久しぶりにこうして二人でゆっくりできたかもしれない。


「湊はパソコンが本当に得意ですよね」

「……まあ、家にいるとやることが少ないしな。パソコンでゲーム……したりくらいしかないしな」


 ゲーム、といってこの前発見されたダンボール箱が脳内に浮かんでしまった。

 夏希はじっとこちらを見てきて、それから大げさに両手をたたいた。


「そ、そうですっ! 今回の作業が終わったお祝いに、今度の土曜日……どこかに行きませんか?」

「どこかってどこだ……?」


 唐突な申し出に、驚く。

 彼女がわざわざ俺を誘って、一体どこに行こうというのだろうか?


「え、えーっとショッピングモールとか、ですかね。何かお昼でも食べに行きませんか?」

「……昼、か。一緒に、でいいのか?」


 ……確かにここ最近ずっと彼女に料理をしてもらって、大変だろうしな。

 気になったのは一人じゃないということだ。


「…………一緒に、がいいです」


 彼女が消え入るような声で、そういった。

 夏希の言葉に、俺は驚き目を見開いていると、夏希は慌てた様子で首を振った。


「そ、その……色々と食材も買う必要がありまして、一人だと少し大変だと思いまして……まあ、そのえーと特に深い訳があるわけではありませんのでっ」


 のでっ! といったときにはいつもの不機嫌そうな顔にもどっていた。

 ……あ、危ない。変な誤解をするところだった。

 俺はほっと息を吐いてからうなずいた。


「わかった。その日に行こうか」

「……はい、お願いしますね」


 ぺこりと、頭を下げた。



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