第66話


「それじゃあ、また明日ね!」


 花と湊は、その曲がり角で別れた。

 それを確認した鈴が、すっと私から離れた。


「それじゃ、私は花に合流するわね」

「……はい。また明日」

「ええ、またあした」


 鈴はそれだけを言って、花が去っていた道へと向かう。二人をちらと見ると、花が驚いたようにそちらを見ていた。

 ……当然の反応ですね。

 私がちらと前を見ると、湊がこちらを見ていた。


 じっとこちらを見ている。つ、つけていたのをとがめられているのだろうか?

 けど、何か言ってくることはない。


 ――花に、負けたくない。

 そんな気持ちが浮き上がってきた。

 私は、一歩踏み込みながら……気づけば湊に訊ねていた。


「一緒に、帰りませんか?」

「……え? あ、ああ」


 すごい、恥ずかしかった。湊は驚いたように私を見て、それから頷いてくれた。

 ……ほっと、胸をなでおろす。

 ……こうして一緒に帰れる、隣に並べた瞬間にそれまであった色々なモヤモヤが消える。


 ああ、なんて私って単純なんだろうな。

 ……けど、ダメ。このままここで満足していてはダメなんだ。

 私は今、大幅に花に後れをとっている。


 ここから逆転するためにも、何か、何かアピールしないと……っ。


「明日のお弁当は私が作りますから」


 そう思ってついてきた言葉が、それだった。

 ……ば、馬鹿! まるで脈絡のない会話! これは最悪よ私!


「……そうなんだな」

「はい」


 いった手前、言い切るしかない。

 私は滅茶苦茶恥ずかしかったけど、それでも頬にぎゅっと力を籠める。

 ……こ、この羞恥を表には絶対ださない。そう心に固く誓った。



 〇



 文芸部での発表があるため、私は湊の部屋で一緒に作業をしていた。

 ……といっても、すでに下書き自体は私が済ませている。

 それを、湊がパソコンに打ち込んでいるだけだ。


 ……私はそこまでパソコンの操作は得意ではなかったけど、湊はその点ばっちりだ。

 お風呂あがりだからだろうか。なんだか、いつも以上に、湊の横顔はかっこよく見えた。

 ……って、見とれている場合じゃない。


「あっ、ここ打ち間違えていますよ」


 パソコンを確認しながら、時々指摘する。

 い、嫌な女だって思われていない? そこだけが、心配だった。

 そうしてパソコンでの作業は三十分も関わらずに終わった。

 湊が、背中を伸ばした。


「だいたいこんなところか?」

「……そうですね。多分、問題はないかと。お互いに半分ずつ、確認していきましょうか」

「そうだな。分量的に、このあたりで一区切りか?」

「はい、そこでいいですね」


 紙を二枚印刷し、それから私たちは読んでいく。

 ……問題は、ないかな?


 ほっと胸を撫でおろしながら、俺は上書き保存をして軽く背中を伸ばした。

 これで、二人での作業も終わり……。私はそのことに、少し残念な気持ちでいた。


「湊はパソコンが本当に得意ですよね」

「……まあ、家にいるとやることが少ないしな。パソコンでゲーム……したりくらいしかないしな」


 ……闇雲に投げた質問。

 少しでも、何か会話がしたい。

 そんな気持ちとともに私は必死に頭の中で別の質問を考え、そしてひらめいた。


「そ、そうですっ! 今回の作業が終わったお祝いに、今度の土曜日……どこかに行きませんか?」


 ……こ、これってデートの誘いだと思われるんじゃないだろうか?

 大胆すぎる自分の行動に、私は自分自身に驚いていた。


「どこかってどこだ……?」


 え!? ど、どこなの私!?

 必死に、思考を巡らせ……そして天啓を得た。


「え、えーっとショッピングモールとか、ですかね。何かお昼でも食べに行きませんか?」

「……昼、か。一緒に、でいいのか?」


 ……ど、どういう意味!?

 わ、私と一緒が嫌ということなんですか……っ? そう思った瞬間、涙が出そうになってきた。


 けど、ここでくじけるわけにはいかない。

 前に、進まないと。勇気をださないと……っ。

 私はそんな気持ちとともに、必死に言葉をひねりだした。


「…………一緒に、がいいです」


 恥ずかしくて消えてしまいそうだった。

 それでも私はまっすぐに湊を見る。

 表情が固まっていた。……い、一体どんな気持ちなんだろうか?

 そんなことを考えていた私は……耐えきれなくってごまかすようにつづけた。


「そ、その……色々と食材も買う必要がありまして、一人だと少し大変だと思いまして……まあ、そのえーと特に深い訳があるわけではありませんのでっ」


 言い切ったところで、私はようやく表情を引き締め直すことができた。

 あ、危なかった……っ。もうちょっとで、私の気持ちが彼に届いてしまうところだった。


 ……今は、絶対にダメ。

 まだ、湊は私のことを嫌っている。

 もっと、仲良くなってからじゃないと……っ。

 

 彼は小さく息を吐いた。……た、ため息!?


「わかった。その日に行こうか」

「……はい、お願いしますね」


 ……誘えたはいいけど、湊は納得してくれているのだろうか?

 いやいや、出なければいいんだけど……。


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