第64話

 湊はいつもだいたい一人でいた。

 ……私がそれなりに原因ではあるのかもしれないけど、とにかく彼はだいたいいつも一人だった。


 だから、私はどこか安心していた。

 ……きっと湊はまだだれかと付き合うとかはない。

 人と関わらないのなら、誰かを好きになることもきっとないだろう。


 私はだから、どこか油断もしていた。

 ……そんな人が突然現れてしまったとき、私はどうすればいいのか。

 それも、相手は私なんかよりもよっぽど素直で、感情を表に出せる子だ。

 


 〇



「帰り道、途中まで一緒だし一緒に帰らない?」

「……」


 花の声が聞こえ、私は驚きながらそちらを見た。

 ……花が湊を誘っていたのを見て、唇を噛んだ。

 ……羨ましい気持ちがあふれ、そんなとき湊と視線がぶつかった。


 自分の中にあるそんな感情を彼に見られたくなくて、私は視線を外した。

 ……出来れば断ってくれないだろうか。

 そう考えてしまった自分が嫌になる。

 友人の不幸を願っているようだったから……。


「……まあ、いいけど」


 けど、湊は私の思いとは裏腹に、そう返事をしていた。


「やった。それじゃあ、いこっか。ばいばい、夏希、鈴」


 花はひらひらと手を振って、湊を連れ立って教室を出ていた。

 教室に残っていた生徒たちが騒然となって、去っていった二人の背中を見ていた。

 佐々木くんがそんな彼らと話をしているのを横目に、私も花を追いかけていた。


「いいの?」


 突然、鈴の声が聞こえて、私ははっとなってそちらを見た。


「な、なにがですか?」

「花と湊くんを止めに行かなくて。このままだと花がどんどん先に行ってしまうわよ?」

「……」


 鈴の言葉に私はぐっと唇を噛んだ。

 ……そりゃあ、どうにかできるならどうにかしたい。

 けど、私と彼との間には大きな溝がある。……今さら焦ったって仕方ない。


「……私と彼は幼馴染なだけですから」

「けど、好き、なんでしょう?」

「……」


 その問いかけに私は頷くことしかできなかった。

 好きで、好きで……気持ちがあふれんばかりにあった。

 けど、だからってどうしようもできない。


 湊の心に、私の言葉も気持ちも届かない。


「私、どちらかに肩入れするつもりはないけれど……ただ友人としてひとことつたえておくわね」


 鈴ともに教室を出たとき、鈴がそう前置きをしてから続けた。


「友人の苦しそうな顔もあまりみたくないのよ。……何もしないで諦めるのなら、何かしたほうがいいのではないかしら?」


 ……何もしないで。

 確かに私は、これまで受け身で、ほとんど何もしてこなかった。

 甘えや油断があった。

 

 彼の周りにはあまり人がいなかった。いつかは私と彼の関係も時間が解決してくれるのではないか?

 そんなことばかりだった。


「怖いんです。今の……関係さえもなくなったらって思うんです」

「……人間関係なんてそんなものよ。踏み込めば、何かしらの傷ができてしまうわ。……けど、それを恐れていたら友達だってできないわ」


 鈴はそういってからからかうように微笑んだ。


「例えば……私たちが夏希に声をかけて友達になったときだってそうよ? 凄い綺麗な人がいるって話題になって、私たちも気になって声をかけたの。あのときだって、あなたに嫌われる可能性はあったでしょう? ……私は恋とかはよく分からないけれど、近いんじゃない?」

「……そう、ですね」


 鈴の言葉はもっともだ。

 ……ずっと、逃げるような行動ばかりを選んできた。

 悔いを、残したくはない。


 ……私はこくり、と頷いてから湊と花をつけることにした。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る