第54話
湊とこれほど距離が近くなったのは、いつぶりだろうか。
……私がまっさきに思い出したのは、小学校五年生のときの臨海学校だった。
臨海学校では、グループごとに肝試しをする時間があった。
私の学校では決まったルートを移動し、教師がお化け役となって子どもを驚かすというものだった。
場所は森の中であるため、いきなり教師に驚かされればそれこそ心臓が飛び出すようなものだった。
今思えば子どもだましのようなもので、別段気にするようなものではないのだろうけど、当時の私にとっては凄い怖かった。
私は湊と同じグループで移動していた。
といっても、私たちはその頃には昔ほど話をすることがなかった。
グループでの行動とはいえ、男子三人、女子三人というグループで基本的に男子は男子で、女子は女子で話していた。
……まあ、そのくらいの年齢の小学生なんて生意気なもので、例えばキャンプファイヤーのときに手をつないで踊る時間があったが、「男子とは手をつなぎたくないでーす」なんてのもよくあった。
とにかく、男女の仲は決して良くなかった。そんな中で、男子二人が突然走り出したのだ。
『俺たちは先にいくぜ!』
確かそんなことを言って。……たまたま、私のグループの女子が全員怖いのがダメで、男子二人としてはからかい半分だったのかもしれない。
女子二人は急いだ様子で男子二人を追いかけて走り出した。
……そして、残されたのは私たちだった。
……といっても、私としては距離を測りかねていたので大変困った。
相手は好きな人だけど、湊は私のことを嫌っている。
……けど、怖かった。八方ふさがりの私は湊と並んで歩いていったのだが、出っ張っていた木の根に気づかず、つまずいた。
倒れそうになった私の腕を、湊がつかんだ。
『……気を付けないと、危ないぞ』
『う、うん……ありがとう』
『……手、繋ぐか?』
そのときの湊はたいそう嫌そうな顔をしながら、私に手を差し出してきた。
……私は無言でうなずいて、彼の手を握った。
そのときの彼の手は、まだ男と意識するほどのものじゃなかった。
普段はあんなに距離を置いて、ちょっとぶっきらぼうだった湊。
それなのに、すごい優しく手を握ってきて、私はどきりとしたものだった。湊はきっと、さっさと終わらせたくて私に声をかけたとかそんなものだったのだろうけど。
とにかく、私はこんな記憶をいくつも覚えていた。
他人や湊にとってはどうでもいい、とっくに忘れたようなものなのだろうけど……私にとってはこの恋が続く限り――いや、その先も忘れることはない大切な思い出だった。
〇
昔の湊と、今の湊は違う。
昔は湊と一緒にいても、ここまでドキドキとしなかった。
いつからだろう。彼を異性としてみるようになったのは。もしかしたら、その時から私と彼の関係は崩れていってしまったのかもしれない。
……子どもっていいな。そんなことを思いながら私はドキドキと高鳴る胸を押さえるように深呼吸をした。
口元には手をあて、少しでも赤くなっている部分を隠そうとした。きっと焼け石に水程度の意味のないものなんだろうけど。
「ありがとうございます……助けてくれて」
なんとか、普通の声で話せたと思う。
それでも私は彼の顔を見ながらがは離せなかった。
「悪い……っ」
ばっと湊が慌てた様子で私から離れた。……ああ! 離れてしまった! もうちょっとこうしていたかったのにっ!
けど、湊からすれば私に興味のきの字もないんだから、変な誤解をされたくなくてはなれたのだとわかる! 別に全然いいのにっ。
私の肩から手が離れたことで、熱がなくなる。
熱のなくなった部分と、熱があった部分。その温度の違いに、私はまたドキドキとしていた。
さっきまで彼が触れていた証拠が、そこに残っている。……それを意識すると、胸が弾むように嬉しかった。
私はしばらくその余韻に浸っていると、湊は何かを見ているようだった。
……うん? ダンボール?
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