第15話 俺は今日一日を反省する
とりあえず、夏希を呼んでシャンプーを取ってもらおう。
……ただ、なんと頼めばいいだろうか?
下手な頼み方をすると、夏希が苛立ってしまうかもしれない。
丁寧に事情を説明し、それからとってほしい旨を伝える。
できる限り優しい口調で……そうするしかないだろう。
俺は軽く深呼吸をしてから、シャワーを止めて扉を開けた。
開けた瞬間心臓が飛び出るかと思った。
彼女が俺の着替えを抱きかかえていた。
どういうこと!?
慌てて扉を閉め、顔だけを出す。
じろっと、夏希がこちらを見ていた。……な、なんで俺が睨まれているんだ!?
「なに、してるんだ?」
まずは状況の把握からだ。なぜ彼女は俺の衣服を抱きかかえていたのだろうか。
それも、どこか鋭い表情だった。
……そこから考えられることがあるとすれば、一つしかない、か。
彼女は俺の衣服を俺と見立てて、恨みつらみをぶつけていた……。
ちょうど彼女は、服の首元をつかんでいる。……これはつまり、首を絞めたいということなのではないだろうか?
……これが一番可能性が高いのではないだろうか?
俺がしばらく様子をうかがっていると、彼女は名残惜しそうなため息とともに洗濯機へと向かった。
「洗濯機にしまおうと思っていたんです。……それで、突然どうしたんですか?」
……俺への恨みをぶつけ足りなかったからか、今度は直接俺を睨んできた。
……まずい。この状況で俺はシャンプーをとってきてほしいと頼むのか?
滅茶苦茶怖かった。だが、今更後には引けなかった。
「シャンプーが終わっていたんだ。とってきてくれないか? たぶん、隣の部屋に置いてあったはずだ」
耐え切れなかった。彼女の絶対零度の視線を受け続けた俺は、扉を閉めた。
そこで深呼吸をして、体を落ち着ける。
……なんで、あんなに怒っているんだ?
今日一日で、仲良くなろうとして空回りしていたのは分かっている。
それが原因で、さらに彼女との溝ができてしまったのだろうか……?
やはり、一緒に暮らすというのは無謀だったのかもしれない。
俺はひとまず何事もなくシャンプーをとってきてくれることを祈り続けていた。
それから一分ほどして、足音が近づいてきたのが分かった。
たぶん、シャンプーを持ってきてくれたのだろう。
「申し訳ありませんでした」
声は……鋭かった。
……これは、俺の頼み方が悪かったのではないだろうか?
思い返す。
……確かにあの頼み方だと『なんでシャンプー終わってるのに言ってくれなかったんだ?』と訴えているようなものかもしれなかった。
違う、違うんだ! それについての弁解をしようと思った矢先、口を閉じた。
……わざわざ言ってしまえば、自白するようなものではないだろうか?
ここで、そういうつもりはなかったんだ! なんてあまりにも自白らしさがある。
……これ以上、火種を増やさないようにするのが賢い立ち回りなのではないだろうか?
「ありがとな」
精一杯の気持ちを乗せ、伝えるしかない。
恥ずかしかった。素直にお礼を伝えるというのは、実は結構勇気がいるのだ。
恥ずかしさをこらえるように顔に力を込めながら、その短い五文字にすべてを込めた。
……夏希が去っていくのが扉越しにわかった。
……俺の気持ちが、少しでも伝わってくれていればいいんだけど。
シャンプーを詰め替え、頭を体を洗い、風呂へと浸かった。
変な意識はしないようにしながら、俺は夏希のことを考えていた。
どうして、あいつは俺と一緒に暮らすことを許可したのだろうか。
……まあ、少し考えればわかる。
夏希の両親は、夏希のことを本当に心配していた。
夏希はきっと一人でも大丈夫だと思っていたに違いないが……両親を安心させるために、大嫌いな俺と暮らすことを認めたんだ。
……あいつは優しい子だ。それを痛いほど知っている。
昔から彼女はいじめられていた子とかに凄い優しかった。
俺なんて、いじめを見て見ぬふりするようなタイプの人間だ。
けど、夏希はいじめられていた子を慰めていた。
それを見られたらしくて、クラスの男子が次は夏希を標的にするとかなんとか言っていやがったものだ。
俺はそれが耐え切れなくて、いじめていた奴をぼこぼこにした。昔から、体つきが良い方なので、喧嘩で負けることはなかったからな。
親とかには心配されたが、まさか夏希を助けるために喧嘩したなんて恥ずかしくて言えなかった。
だから俺は、いじめられている子を放っておけなかったと言ってごまかした。
夏希の優しさの一割でもあれば、俺ももっと夏希とうまくやれていたのかもしれない。
――けど、まだ初日だ。
今日は色々あって、結局溝が深まってしまったが、明日から切り替えていくしかない。
まだまだ時間はある。せめて、また笑いあえるくらいの仲に戻りたかった。
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