第16話 私は今日一日を反省した


 私が湊の服を抱きかかえていると、ばっと浴室の扉が開いた。

 突然扉が開き、心臓が飛び出るかと思った。

 まさか、勘づかれた!? 

 向こうも驚いたように私を見ていたので、勘づかれたというわけではなさそうだった。。


 湊はすぐに扉を半分ほどしめて、顔だけを出してきた。

 ……そ、そうか。私、気を取られていたが彼は今裸だった。

 ……くっ、裸を見るチャンスを自ら放棄してしまった。それが腹立たしくて仕方ならなかった。


「なに、してるんだ?」


 ……腹立たしいとかそんなのんきなことを考えている場合ではない。

 彼はじとっとこちらを見て、聞いてきた。

 そりゃあそうだ。私が彼の立場でも同じような問いかけをするに決まっている。


 絶望的状況! エマージェンシー!

 私はパニックに陥り、過呼吸気味になっていた。

 そ、それでも私は必死に冷静さを保ち、その衣服を持って洗濯機へと向かっていた。


「洗濯機にしまおうと思っていたんです。……それで、突然どうしたんですか?」


 完璧すぎる! エクセレント! 私の見事な機転の利いた対応だ。国家レベルの表彰ものでしょう。

 私は少しだけ胸を張りながら、彼を見る。

 ……え!? なんで疑ったようにこちらを見ているの!?


 じとっとした目は変わっていなかった。

 彼の気迫に気おされながら、それでも私は堂々としているしかなかった。


「シャンプーが終わっていたんだ。とってきてくれないか? たぶん、隣の部屋に置いてあったはずだ」


 彼が短くそういって、扉を閉めた。

 そこで、私は湊の視線の意味に気づいた。


 ……初めから彼は、私が衣服を持っていたことに関してはさした興味を持っていなかったのではないだろうか?

 最初から、『シャンプー終わってるのに、なんで言ってくれなかったの?』。彼はずっとそう思っていたのかもしれない。


 ……となれば、先ほどのどこか誇らしく胸を張ったのも、相手からしたら煽りに見えたかもしれない。

 『おまえシャンプーないのに何シャワー浴びてんの? ぷぷぷー』みたいな。

 違う! 違うのよ! そんな気は一切ない!

 

 弁解の言葉を心中で叫びまくっていたけど、伝わるはずもない。

 ……とりあえず、シャンプーをさっさと取りにいって、謝罪をしなければ――!


 私は急いで隣の部屋へと向かった。

 そこに置いてあったシャンプーを取り出し、私はすぐに洗面所へと向かう。

 浴室扉の前に置いてから、私は謝罪のために声をかける。


「申し訳ありませんでした」


 精一杯の気持ちをこめ、見えていないにも関わらず頭をぺこりと下げた。

 ……これで気持ちが伝わってくれればいいのだけど。

 

「ありがとな」


 扉越しに帰ってきた、どこか棘のある言葉。

 ……どうやら、私の気持ちは伝わらなかったようだ。

 涙を押し殺しながら、私は洗面所を出て、部屋へと戻った。


 ……今日は、大失敗だった。

 湊との生活を望んで、少しでも改善したいと思った結果が、これだった。

 もしかしたら、前よりも悪くなってしまったのではないだろうか?


 ……そもそも、人というのはプライベートな時間を大切にしたい生き物だ。

 今日の湊に、果たしてプライベートな時間はあっただろうか?


 私は彼と少しでも一緒にいたいという子どものようなわがまま心でリビングにずっといた。

 ……あの時間も、湊にはストレスになっていたのではないだろうか?

 

 今、こうして一緒に暮らしているというのも、湊からすればストレスに違いない。

 ――これで、万が一私が両親に頼んで湊と一緒に暮らせるようにしたなどと分かれば?

 恐らくだが、湊は今以上に私を嫌うのではないだろうか?


 つまり私は、爆弾を抱えながら生きているというわけだった。

 ……それでも。

 それでも、だ。今のこの関係がお笑い話になるくらい、仲良くしたい。


 将来、お互いに「こんなこともあったよね」なんて気軽に話せるようになりたい。

 だから、また明日から頑張ろう。

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