第2話 大好きな幼馴染は私のことが大嫌い


「……」

「……」


 今私がいるのは、岸辺(きしべ)湊(みなと)の家のリビングだった。

 湊は私にとっての幼馴染であり、私の大好きな人であった。

 大好きな人で付き合っているから、一緒の部屋で暮らしている……そういうわけではない。


 これには色々と深い事情があり、私は幸運にも、大好きな人と一緒に暮らすチャンスがあり、私が手を伸ばした結果だった。

 ……ちら、と湊を見る。彼は今日もすっとした表情でこちらを見ていた。

 湊は今日もかっこいい。

 

 休日だからラフな部屋着なのだが、それがこの春という季節によく合っていた。

 髪は学校では見せないような丁寧なセットがされている。そういった姿はほとんど見ていないので、見とれてしまっていた。

 わざわざ休日だというのに、最低限の身なりは整えていて凄い……。


 休日の私はジャージを着て部屋でだらだらとしていた。


 ……さすがに今日は、大好きな人に会うためにしっかりとおしゃれをしていたけど、正直これから毎日となるといつボロが出るか分からなかった。


「……」

「……」


 ……なんと声をかければいいのだろうか。

 私は非常に迷っていた。

 ……せっかく父が作ってくれたチャンスなのだ。これを逃すわけにはいかない。


 彼の家で暮らすことになったのは――私が頼んだからだ。

 両親は私の気持ちを理解していて、チャンスを用意してくれた。

 両親が海外での仕事を考えていたのはもともとなのだが、そこに私も便乗したという形だ。


 ずばり、『大好きな人と一緒に暮らしちゃおう大作戦』である。

 恋は勝ち取るもの、アピールしなければ始まらない、というのが母の話だった。父を落とした体験談をしつこく聞かされ、私も少しだけ前向きな気持ちになれた。


 ただ、一つ……大問題があった。

 ――私は、湊に嫌われている。


 彼はいつも私と話すとき仏頂面だった。

 ……自慢じゃないがだいたいの男子は私と話すときデレデレとした顔をするのに、湊はいつも気に入らないものでも見るような目だった。


 私が話しかけると、いつも不機嫌そうな顔になるのですぐにわかる。


 今もそうだった。私のほうは一目も見ようとせず、怒ったような顔をしていたのだ。

 それに、気圧されていてはいけない。

 このチャンスをものにできなければ、今後一生無理だろう。


 両親が海外出張を終えて戻ってくるのは一年か、二年後。こうやって一緒に暮らせるのは、長くて高校生活終了までだった。

  

 頑張らないと。私はちらと部屋の時計を見る。

 ……時計の秒針が十二になったら声をかけよう。

 そう思いながら、ちらちらと時計を見て――そしてその時間になった。


「なぁ……」

「あの……」


 まさかの同時に話しだしてしまった。

 なんて間が悪いの私! 

 彼の言葉を遮って話すようなことはできなかった。私は彼の先を促すように黙っていたが、彼は黙ってしまった。


 ……どうして、彼はここまで私に厳しい目を向けてくるの? やっぱり、気が付かないうちに私が彼のストレスをためてしまったの!?

 半分パニックになっていると、

 

「何か、あるのか?」


 そう問いかけられ、私は慌てて首を振った。


「そちらこそ、何かあれば先に話してください。私のは些細な話ですので」


 ベリーグッド! 急に声をかけられたわりに丁寧に返せた!

 昔湊が女性の好みについて話したときのことはよく覚えている。

 丁寧な口調で話す大人しい子、だそうだ。今の私は完璧に演じられたでしょう。


「……俺も別に、何かあるわけじゃないから」


 怖いっ! なんでそんな人を殺すような目つきで見てくるの!?


「本当ですか?」


 思わず言葉がつまりそうになりながら、必死に返した。


「ああ。別に、なんでもねぇよ」


 だから怖いよ!


「それなら私もありませんから」


 ……会話終了。

 本当にもう、どうすればいいのか分からない。

 私は困りながら、小さく気づかれない程度に嘆息をついた。


 湊との関係はずっとこんな感じだ。

 ……彼はなぜか私を嫌っている。

 他の人とはそれなりに愛想笑いを浮かべて話すのに、私のときだけはだいたいいつも仏頂面になる。


 本当に私は、この機会に彼の心を射止められるのだろうか……不安になってきてしまった。


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