第60話


 私が湊と帰って一緒に帰った最後の記憶は、中学校を卒業したときだった。

 卒業式のあと、私は湊に誘われて一緒に帰った。

 ……あのときは凄いおどろいた。だって、そのときにはほとんど私は湊と話すことがなかった。

 受験生ということもあって、家族での絡みもほぼなかったから。


『こうして一緒に帰るのは久しぶりだな』

『そうですね』


 私はウキウキとしていた心を悟られないよう、答えた。

 ……どうして、誘ってくれたんだろう?

 そんなことをぼんやりと考えながら、私は湊の隣を歩いていた。


『なあ、夏希……ずっと、考えていたことがあるんだけど――』


 考えていたこと? 

 あっ、そういえば今日は一緒に夕食を食べに行くんだった。

 卒業記念ということで、久しぶりに泉山家と岸部家で食事に行く。


 ……家族は私と湊がそこそこ仲が良いのだと思っているようだから、もしかしたら湊はそんな両親に心配させたくなく、私に事前に打ち合わせするため声をかけてきたのかもしれない。


『そういえば、今日は久しぶりに家族で、一緒に食事をしに行きますよね』

『そ、そうだな……』

『楽しみ、ですね。受験が終わるまではこういうのはありませんでしたから』


 もちろん、迷惑はかけませんとも。

 私は湊にそう言って微笑んだ。心では少し泣いていた。

 ……もしも、良い空気になったら、私は彼に気持ちを伝えようかな、とも思っていた。

 ただ、湊はいつもの様子でほとんど何も変わらない様子だった。



 〇



「冬に比べれば陽が落ちるのは遅くなりましたが、もう暗いですね」


 誘った以上、黙ったまま歩くのは嫌だった。

 ……どうして私は湊に声をかけたのだろうか。

 たぶん、焦りがあったんだと思う。これまで、湊は女性と関わっているのを、少なくとも表向きは見てこなかった。

 もちろん、裏では色々とあったのかもしれないけれど……私は花という存在を知ってしまった。


 湊に明白に好意を持ち、示す女性が……。

 このまま、何もしないのは……嫌だった。

 具体的に何をすればいいのかなど、何も思いついていなかった私が、半ば暴走気味に彼を誘った結果が今だ。


「……そうだな」

「先程の部活動紹介の発表についてですが、湊の部屋にパソコンありましたよね?」


 私といる時間がつまらない、と思われたくなくてとにかく質問を投げかけた。


「……ああ」

「それを使って、一緒に原稿を作りませんか? できれば早く終わらせたいので」


 ……いきなりそんな提案をすれば、湊は困惑するはずだ。

 だからこそ、あくまで作業を行うためという口実を作った。

 ……これなら、いくらか断られる可能性も減るのではないだろうか?


 花ならきっと、素直に気持ちを伝えて誘えるんだろう。

 私は……何か理由をつけなければ好きな人を誘うこともできない。

 断られたときに、自分以外が理由なんだって逃げ道を作りたくて。情けないな、私って。


「わかった。原稿自体はある程度思いついているのか?」

「……まだ、ですね」

「そうか」


 ……考えてもいないのに、誘ったことを怒っていたのだろうか。

 何か、何か話しかけなければ……。

 そう思った私の脳裏に、昼休みの出来事が蘇った。


 ……そういえば、花に言われていたんだっけ。

 あれは昼休みのことだった。


『ジャンケンで、明日の湊のお弁当どっちが作るか決めない?』

『……い、いいですよ』


 そして私はジャンケンで敗北した。


「あと……すみません。明日のお弁当は作りませんから」

「へ?」

「……花が、用意したいと言っていましたので、花と食べてください」

「……」


 湊が小さく何度か頷いた。

 ……彼としては、その方が嬉しいのだろうか?

 ――失敗したな、と思う。

 湊を下校に誘ったのに、結局私は何も変われなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る