第13話 俺は後悔する



 俺の中の天使と悪魔がささやいてくる。

 ……それは、ここにある洗濯ネットの下着へと手を伸ばすか、伸ばさないか。

 まさに、俺はその状況にいた。

 

 天使が囁く。

 「ただでさえ嫌われているのにー、やめなよー」。

 悪魔が囁く。

 「今更気にするようなことじゃないだろ? 好感度なんてないんだからさ!」。

 悪魔が囁く。

 「そうだそうだ。触っちまえよ! もう一生この先チャンスはないんだぞ!」。


 気づけば俺は洗濯ネットを手に持っていた。

 ……な、なぜだ。体が勝手に……っ。


 ダメだ。戻さないと。戻さないと、こんなところを見られでもしたら、いよいよ言い逃れはできない。

 だが、俺の身体は動けないでいた。

 どうすればいい……っ。


 いや、わかってる。さっさと戻せばいいんだ。

 けど、これを手放すことはできなかった。

 俺はちらと彼女の下着を見る。……少し可愛らしさのあるものだ。これを彼女は身に着け――


「……何をしているのですか?」

 

 突然の声がして、俺はすぐにそちらへとみる。

 もちろん、家にいるのは夏希だけ。声の主も夏希だ。逆に他の誰かだったらそれはそれで恐怖。


 とにかく、最悪だ……っ!

 絶望的な状況だ。

 背水の陣なんてものじゃない。もう崖から落ちてあの世で待っているような状況だ。


 風呂に顔を突っ込んで、溺死したほうがいいのではないかというほど。

 ……いや、それはそれで夏希の入った風呂に顔をうずめて死んだというまたまた不名誉な称号をつけられる。

 俺は洗濯ネットを手に持ったまま、せめてもと口をぎゅっと結んだ。


「悪い、洗濯終わったみたいで……出そうとしていたんだ」

「……下着を?」


 ですよね!? 

 そうなりますよね!

 俺が夏希でも同じことを思っていた!


 不信感だらけの目でこちらを見てきた。

 すべて諦めて告白してしまったほうが楽になれるのではないか? 

 無実の罪で捕まった人が、辛い尋問に耐えられなくて罪を認めてしまう人の気持ちの一片を理解しかけながらも、俺はこんなところでくじけるわけにはいかない。


 逆に考えればいい。

 この絶望的な状況を乗り切ったそこで、

 ここでの問題点は一つのみ。


 最悪な男に、自分の衣服を見られたということ。

 その論点をずらし、どうにか別の話題に切り替えればよい。

 というか、夏希は俺とまったく目を合わさないでいた。


 あれ、これもうダメなのではないかと思っていたが――よく考えたら俺は上着を脱いでいた。

 上半身裸で、女性の下着を手に持っている。

 あれ、これ最悪なんて超えた状況ではないか……?

 

「下着は、たまたま一番上にあってな……悪い。見るつもりはかけらもなかったんだ」


 ……何とか吐き出した謝罪の言葉。

 俺は洗濯機の中のものを取り出し、浴室へと逃げることにした。

 浴室で衣服を脱ぎ、あとで洗濯機に入れられるように、洗面所の入り口に折りたたんで置いておいた。


 洗面所に夏希がいるのは分かっているで、浴室の扉で体を隠すようにして、だ。

 もう色々な感情が入り混じり、俺は何も考えられなかった。

 シャワーに体を打ち付けながら、俺は頭を抱えてうずくまる。


 ――やってしまった。

 後悔先に立たずをまさに体現した瞬間だった。

 あんなことしなければよかった、そんな感情でいっぱいだった。


 俺は何度もため息をつき、しばらくシャワーにうたれてから頭を洗おうと体を起こした。

 シャンプーボトルへと手を伸ばしたが、しゃこしゃこという中身が入っていないときの音しかしなかった。

 

 ……ていうか、シャンプーない。

 たぶん、夏希が使ったあとに伝え忘れたのだろう。

 まだ、近くにいるかもしれない。


 正直、声をかけるのも不安だったが、詰め替え用のシャンプーをとってもらおう。

 ……もしかしたら、この話をきっかけに多少は改善できるかもしれないからな。



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