第59話
俺は夏希とともに並んで歩いていた。
……こうして夏希と一緒に帰ったのは、確か中学の卒業式の日以来じゃないだろうか?
卒業式が終わったあと、俺は勇気を出して久しぶりに夏希を誘ったのだ。
あのときは一体どのような会話をしたのだったか。
……というか、夏希が行く高校も聞いていなかったし、親からも情報が入ってこなかったため、本気でお別れなんだと思っていた。
だから、せめて最後にもう一度――なんなら告白でもするような気分で、俺は夏希に声をかけた。
……断られるんだろうな、と思っていたけど、夏希は了承してくれた。
『こうして一緒に帰るのは久しぶりだな』
緊張で話すことが思い浮かばず、そんなありきたりなことを聞いていたものだ。
『そうですね』
夏希はどこか冷めたような声音だった、と思う。
隣を歩く夏希は本当に綺麗で、昔はまったく意識していなかったのに隣にいるだけで色々と意識してしまう。
春風にのってふわりと彼女の香りが届いたときなんて、血反吐を吐きそうになった。
『なあ、夏希……ずっと、考えていたことがあるんだけど――』
そこで、告白でもできれば俺の人生は変わっていたのだろうか?
いや、きっと悪い方向に、ではないだろうか。
俺が真剣に夏希を見ていると、夏希が言葉を挟んできたのだ。
『そういえば、今日は久しぶりに家族で、一緒に食事をしに行きますよね』
『そ、そうだな……』
『楽しみ、ですね。受験が終わるまではこういうのはありませんでしたから』
夏希はすたすたと歩いていく。
……彼女の目にきっと俺は映っていなかった。あくまで、岸部家の長男……その程度なんだ。
告白しても無駄だと悟り、俺は気持ちをぐっと飲みこんだ。
嬉しい思い出も、苦い思い出も、俺の中から消えることはない。
泉山夏希に関してのことは……きっとこれから先も俺は覚えているんだろうな、と思う。
〇
並んで俺たちは歩いていく。一つ風が吹くと、夏希の香りが届き、嫌でも卒業式の帰り道についてを思い出させてくる。
……あの日の夕食に家族全員でファミレスで散々に食べたものだ。
卒業した俺たちなんかよりもよっぽど楽しんでいた両親に、俺と夏希は苦笑していたのだけはよく覚えている。たぶん、ここ数年で唯一彼女と心の距離が近かったときでもある。
「冬に比べれば陽が落ちるのは遅くなりましたが、もう暗いですね」
「……そうだな」
すでに街灯がつき、空は星と月が浮かんでいる。
……なるほどな。
夏希がどうして誘ってきたのか疑問だったが、一人で帰るのが不安だと感じたのだろう。
そういえば、放課後のホームルームでも近くで不審者が出たから気を付けて下校するように、なんて話していたか。
不審者がいれば、夏希はまず間違いなく狙われるだろう。
何かあれば俺が命に賭けても守るのだ。
そして、助けたあとはこういうのだ。おまえのことが好きだった、と。いや、これだと俺死んでるな。
というか、夏希の返答でトドメをさされるかもしれない。
「先程の部活動紹介の発表についてですが、湊の部屋にパソコンありましたよね?」
「……ああ」
「それを使って、一緒に原稿を作りませんか? できれば早く終わらせたいので」
お、俺との時間はできる限り早く終わらせたい、と。
俺は心で泣きながら頷いた。
「わかった。原稿自体はある程度思いついているのか?」
「……まだ、ですね」
「そうか」
それなら、一緒にゆっくりと考えられるかもしれない。
せめて地獄の時間にならないように祈るばかりだ。
「あと……すみません。明日のお弁当は作りませんから」
「へ?」
「……花が、用意したいと言っていましたので、花と食べてください」
「……」
と、とうとう見捨てられた!?
……は、花の気持ちもわかっている。
夏希も花の気持ちを理解していて、それで俺に譲っただけなのだろう。
だけど俺としては、いよいよ夏希との接点が減ってしまい、落ち込んでしまった。
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