第41話


 休み明けの水曜日の昼休みだった。

 俺はいつものように弁当を片手に今日はどこで食事をとろうか、なんて考えていると……先回りするように花がやってきた。


 俺が右にずれると、彼女も完璧にブロックしてくる。バスケの練習なら、俺以外の相手にしてほしい。

 あまり彼女と話していると、夏希にいつかキレられるんじゃないかとひやひやしてしまうからだ。

 俺は彼女をかわしきるのは難しいと思い、訊ねた。


「どうしたんだ?」

「え、えーと……その。今日の放課後って暇かな?」


 頬を僅かにそめ、そんな言い方をしてくる。

 一体何を企んでいる? 夏希の刺客か?

 俺はごくりと唾を飲み込み、彼女を警戒する。横目に夏希を見てみる。

 夏希はじっとこちらを見ていた。お、怒っていらっしゃる!? そしてその隣にいた鈴という女も険しい表情だ!

 

 俺は一体こいつらに何をしたんだ!? 裏に呼び出されてリンチでもされるのだろうか……?

 人気のないところについていくのは、まずい――。

 俺は警戒しながら、言葉を選ぶ。彼女らの機嫌を損ねないようにだ。


「いや……あんまり今日はその、暇じゃなくてな」

「え? そ、そうなの……? ちょ、ちょっとだけなんだけど……っ、じゅ、十分くらい!」

「……十分で、済むのか?」

「う、うん……ダメかな?」


 ……お、俺はこれでも喧嘩はそれなりに得意なほうだ。それを、夏希だって知っているはずだ。

 そんな俺を考慮しても、十分で仕留められる、というのだろうか?

 照れたような態度をしているのは、恐らく花の作戦だろう。

 

 とても可愛らしい表情だ。確かに、こうすれば相手を油断させることができるだろう。

 ハニートラップという奴だろう。だが、残念ながら俺はすでに彼女の手の内を読んでいた。


「わかった。十分、だな。……それなら、十分以上経ったら、俺は帰るからな?」


 ……ここで逃げても、一度標的にされた以上、彼女らは諦めないだろう。

 ならば、十分という制約をつけ、耐え切って俺は勝利する。


「うん! それで大丈夫だから! それじゃあ、放課後……体育館裏で待ってるからっ!」


 体育館裏! まさしくボコすための場所!

 俺はこくりと頷き、弁当箱を見る。

 ……まさか、これに毒が仕込まれているとかはないだろうな?

 そう考えながら教室を出る。


 栄養をとっておかないと、十分という時間を耐え切るのも難しいだろう。

 いつもの食堂で食事をしながら、俺は考える。

 ……敵の規模はどれほどだろうか。

 

 夏希、花、鈴。彼女ら三人は大中小と呼ばれるうちの学校きっての美少女集団だ。

 なにが大中小とは言わない。俺は特に胸のサイズにこだわりはないからな。それぞれに魅力がある。とはいえ、一番好きなのは中だ。夏希がそうだからな。


 ……話がだいぶそれてしまった。

 そして、うちの在籍生徒数はそれなりのものだ。

 私立ということもあって、学力の幅はかなりぶれていて、学力と学びたい科目によってクラス分けが行われている。


 俺たち二年一組の生徒は理系の中でトップのクラスである。

 ただ、下の方のクラスには、生まれてくる時代を間違えたような不良もいる。モヒカンとかいくら自由な校風だからといって許しちゃダメだろう。

 彼女ら三人なら、それなりに人を集められるだろう。


 ……それなりの大人数を集められたら、さすがに十分はきついかもな。

 せめて、相手が武器を持ってきていないことを祈るしかない。

 ――それにしても、夏希が止めてくれなかったということは、それだけ俺を嫌っているということだろう。

 

 原因は恐らく、一緒に暮らしていることだ。

 誰が切り出したのかは分からないが、夏希の怒りが頂点に達して、今回の作戦が実行されたのだろう。

 食事をとったあと、俺は軽く外で運動していた。


 久しぶりに、激しく体を動かす。

 海外志向の両親の影響もあって、小さい頃は様々なスポーツをやらされたものだ。

 小さい頃は夏希と一緒に色々なスポーツをして、いつも俺が彼女に教えていた。


 勉強に関しては夏希が、運動に関しては俺が。それぞれ学校の一番をとることが多かったものだ。

 ……そんな俺たちの関係もこれで完璧に終わりなのかもしれない。

 俺は気合を入れるように体を動かしてから、教室へと戻ってきた。

 

 ちらと夏希を見ると、一瞬だけ目が合ってぷいっとそっぽを向かれた。

 


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