第53話


 実をいうと、夏希とこのように距離が近くなったのはこれが初めてではなかった。

 あれは、小学校の二年生の頃だっただろうか。

 休み時間、俺は夏希たちと一緒に遊んでいた。


 確かその日は空がひっくり返るような大雨で、俺たち子どもたちは外が遊べずに落ち込んでいた。

 校舎内の廊下で走り回るわけにもいかず、ある一定の範囲を決めて俺たちはかくれんぼをすることに決めたのだ。

 

 鬼が決まり、俺たちは早歩きで移動する。移動した場所は施錠されていなかった空き部屋だった。

 そこは荷物が置かれている部屋で、普段先生から「勝手に入らないように」と言われていたが、まあ小学生がそんな言うことを馬鹿正直にきくということはあまりない。


 俺と夏希、別に一緒に行動すると言ったわけじゃないけど、だいたいいつも一緒にいて、そのときも一緒にその部屋に隠れた。

 中は縦に細長く、左右には簡素な棚があった。

 俺たちはその部屋の一番奥、僅かにスペースが空いていた場所に二人でぎゅっと押し合うように入った。


 ……凄い距離が近かったけど、当時は別に好きとか嫌いとか……異性的な目で見ることはなかった。

 単純に男女ではなく一人の友人として好きだったので、一緒にいても嫌じゃなかった。

 きっと、夏希も笑顔だったので嫌じゃなかったんだろう。俺の勘違いだったら恥ずかしい限りだ。

 そのときだった。激しい雷が響いた。まるで、禁止されている部屋へ勝手に入った俺たちを叱りつけるような音だった。


 窓ガラスが割れたんじゃないかと思うほどに震え、夏希がびくっと肩をあげた。


『……雷、怖い』

『だ、大丈夫だから』


 雷に対して、俺だって人並みには怖かった。けど、さすがに夏希に恥ずかしい姿は見せられない。

 俺はそんな一瞬で震えていた夏希の手を握ったんだ。

 夏希はそうすると、少しだけ落ち着いてくれたような気がした。


 ――俺はこういう印象的なことを数多く覚えている。

 俺の記憶を夏希に見られるのは、俺のパソコンファイルを見られるのと同義なほどに恥ずかしい記憶しかなかった。

 ……あとは、似ていたシーンだと一緒に鬼ごっこしていたときだったか。まあ、どっちにしろ、夏希は覚えてはいないんだろうけど。



 〇



 昔のことを思い出していた俺は、夏希の顔をじっと見つめてしまった。

 ……昔は、こんなに近くてもドキドキするようなことはなかった。

 たぶん、明白に夏希を意識してしまったのは小学校三年か、四年のときだ。


 好きというのが分かって、それから夏希と距離を置くようになってしまった。ちょうど、思春期と重なったのも、彼女と距離を置きたくなった理由に拍車をかけてしまったのだろう。


 言葉をかわすことは減り、中学に入るとさらにそれは減っていった。

 ……どんどん綺麗になっていく夏希に、勝手に格差を覚え、距離をとるようになってしまったからだ。


 彼女の腕は力をこめれば折れてしまいそうなほどに細かった。

 眉はしっかりと整えられていて、彼女の美しさが生まれ持ったものだけではないのだと教えさせられた気がした。


「あ、ありがとうございます……助けてくれて」

 

 絞り出すような声をあげた夏希が、さっと俺から視線を外した。

 夏希もさすがに頬が赤くなっていたが、唇はぎゅっと結ばれていた。……怒って、いるのかもしれない。

 あ、当たり前だよなっ。いきなり男子にこんな距離を近づかれたんだから。


「悪い……っ」


 俺は急いで彼女に謝罪し、夏希から離れた。

 未だ彼女は、俺の布団を座布団のようにして座り、頬を赤らめていた。

 なんだか、いつも考えている反応よりも、ずっと可愛らしかった。

 それになんだか、照れているような顔にも……見えないか? お、俺の妄想ではなければ、確実に照れているように見える!


 ……も、もしかして少しは彼女との距離を縮めることに成功したのだろうか?

 ひそかに喜びながら夏希の視線を追うように見ると、そこには可愛らしい美少女たちのパッケージを持ったゲームが放り込まれた、ダンボールがあった。



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