第67話
金曜日の部活動紹介に関しては、とりあえず問題なかった。
夏希が用意してくれた原稿があったからこそだろう。
……問題はその次の日である。
夏希と約束していた俺は、とりあえず服を着替え、部屋にいた。
……滅茶苦茶、緊張していた。
いや、夏希と一緒に食事に行くだけ。
夏希はきっと、休日は料理をしないで楽をしたい、程度の認識で俺wぽ誘ったのだろうが、俺は違う。
……こうして約束して一緒に食事をとるという行為自体、実は初めてだ。
家族がいる中で一緒に食事をしたことはあったが、二人きりというのはない。
だからこそ、余計に緊張してしまっていた。
十時半に家を出るという約束をしていたので、そろそろ下に向かうか。
一階に下りると、夏希がちょうどリビングから出てきたところだった。
……彼女もいく準備はできているようで、すでに私服に着替えている。
春らしい衣服だ。
……当然といえば当然なんだが、私服のスカートと制服のスカートだとまるでイメージががらりと変わるよな。
俺が彼女の私服に見とれたのは、それでも一瞬。よくすぐに切り替えられたと自分をほめながら、歩きだした。
「それじゃあ行くか」
「はい、行きましょう」
小さなカバンを手に持って、彼女が靴に履き替える。
俺も遅れて、家を出た。
〇
食事に関しては、ショッピングモール内にあるバイキングに行く予定だった。
提案したのは夏希だ。
俺も夏希も、それなりに食欲がある方なので、普通の店ではなかなか腹一杯まで食べられないからだ。
共に並んで歩いていると、横を過ぎる人にちらと見られる。
……たぶん夏希の可愛らしさに見とれているんだろう。そして、なんで俺なんかと一緒にいるんだ? と思われているに違いない。
ゆっくり歩いて十一時過ぎにショッピングモールについた。
「さすがに、休日は人が多いな」
「そうですね。早めに店に行って席を確保しましょうか」
「……だな」
まだ十一時なので、店が開いたばかりだ。
恐らくはまだ問題なく座れるが、それもあと三十分もすれば人が増えてきて、最終的には待つ必要が出てくるだろう。
俺も夏希も朝食は食べてこなかったので、今からでも問題なく食べられる。
すぐに目的の店へと向かった。
店に入り、席へと案内される。
簡単に利用方法などを説明されたあと、俺たちは料理が並んでいる方を見た。
夏希は小さく息を吐いてから、店の外へと視線を向ける。
「……まさか、今日がイベントデーだとは思っていませんでした」
「……だな」
今日は何やら有名人がこのショッピングモールに来るようで、人が多かった。
……有名人と聞いても、俺は正直聞いても分からなかったアイドルグループだったが、それなりに有名なんだろう。
夏希も似たような様子だったので、俺が無知なわけではないだろう。
そんなことを考えながら、俺たちは昼食を食べはじめた。
〇
……満腹だな。
食事の時間は、問題なく終えることができた。
今のところ、夏希が不機嫌そうな表情をしていないので、どうにかうまくいっていると言っても過言ではないだろう。
食事を終えたので、店を出る。
時間は十三時ちょっと前だった。
まだ帰るには早い時間だ。……夏希が帰りたいというのであれば、さっさとショッピングモール内にあるスーパーに行って、買い物を済ませて帰るのだが。
とりあえず、聞いてみようか。
「どこか寄りたいところはあるのか?」
「そう……ですね。ちょっと……歩いてみて回ってもいいですか?」
夏希がそう提案してきて、こくりと頷く。
二人で並んで歩いていく。
……正直言って、俺は今の時間が夢なのではないかと思っていた。
隣にあの夏希がいて、時々微笑を浮かべてくれる。それはきっと愛想笑いのようなものでも、以前よりも俺に対して笑顔を向けてくれていた。
それがたまらなく嬉しい。少しくらいは、仲が改善できたのかもしれない。
いやいや、うぬぼれるなよ俺。
あまり調子に乗って、変な発言をしないよう、注意を払わないと。
とにかく言葉や行動を意識しながら、歩いていたときだった……。
俺たちは人だかりができていた場所へと来た。
そこはイベントホールであり、今日の午後に行われるイベントの会場だ。
「やっぱり人が多いですね」
「……そうだな。これが見たかったのか?」
「は、はい……一応それなりに有名な人みたいなので、顔くらいは見ようかと思ったんですが……」
イベントは十三時半に開始のようで、すでにイベントホールでは人の壁ができている。
夏希が背筋を伸ばすようにしていたが、それでも見えるはずもない。
俺が足場にでもなってやれればいいが、さすがにそんな提案を公衆の面前でするバカではない。
「……ちょっと厳しそうだな」
「……そうですね。残念ですが、行きましょうか」
はぁ、と小さくため息をついた夏希が振り返ったときだった。
「わ!?」
彼女は小さく悲鳴をあげる。気づけば自分たちの後ろにも人がいて、夏希は振り返ると同時にぶつかってしまっていた。
夏希が謝罪するように頭をさげたのが、視界の端に見え――。
そのタイミングでイベントが始まったのか、耳が痛くなるほどの歓声があがった。
まるでライブ会場のような盛り上がりを見せ、人々が沸く。
いって!? 俺の体がちょうど近くにいた人に押しつぶされる。
ちらと視線を夏希のほうを見ると、彼女も同じように押しつぶされてしまっていて――。
俺は急いで夏希へと手を伸ばした。
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