第34話 私は鈴と花を見る


 昼休みになったところで、鈴と花がいつものようにやってきた。

 いつものように、ではない部分もある。

 まさにそれは花の様子だった。花はいつものように平然とした様子でありながらも、明らか、カラオケでの質問攻めの影響で湊をみる回数が増えていた。


 そして、時々頬を赤らめてもいる。

 そんな反応をしたときは鈴が肘をぶつけていた。

 とにかく、私としては二人の様子が気が気ではなかった。特に花のほうだ。


 彼女ばかりを気にかけていた私は、弁当箱を広げ……そこで花に指摘された。


「あれ、夏希っていつも弁当なんだっけ?」


 そういえば、去年は私も時々弁当程度だった。

 花の純粋な疑問に私は、こくりと頷いた。


「今年からはそうしようと思ったんです」

 

 ……ちょ、ちょっとまって。

 私は慌てて事実に気づいた。

 私の弁当の中身と、湊の弁当の中身は……同じだ。さすがに別のおかずを用意するというほど私も朝から元気じゃないし、そもそも――そんなことは微塵も考えていなかった。


 ま、まずい。万が一誰かに見られれば、その瞬間関係が怪しまれる。

 特に勘の良い鈴あたりなんて、色々と思い当たる節はあるだろう。

 特に今はまずい。……花が湊に対して恋心を自覚し、これから本格的にアピールしようとしているところなのだ。


 ……ここで私と湊が一緒に暮らしているなどとわかれば、友人関係にも影響が出てくる可能性がある。

 湊ー! お願いだからここで弁当は広げないで! 

 と思っている矢先に湊は弁当箱をカバンから取り出した! ちょっ、ストップ!


「あれ、湊弁当なの?」


 真っ先に気づいたのは花だった。湊はぴくりとこちらを見た。


「まあ、な」

「いつも菓子パンとかじゃなかった?」

「……そうだな」


 花はからかうような調子で笑いながら、湊に近づく。

 じーっと弁当箱を見ていた。


「弁当だなんて珍しい、それ自分で作ったの?」

「いや、別にそういうわけじゃないが」

「え? まさか彼女とか?」


 花がからかうようにそう言っていたが、その声は明らかに震えていた。

 私もびくっとなる。か、彼女とかそういうのじゃないから……花の勘違いに喜んでいる場合じゃないのに、ちょっと喜んでしまっていた。


「彼女なんていねぇよ。親が作ったんだ、親が」

「あーなるほどね、彼女いないんだ?」


 花はすごい安堵したような声でそういった。

 ……花のあんな安心した顔初めてみた。


「いねぇよ」

「へぇ」

 

 そういって湊は弁当箱とともに去っていった。

 ……湊がたまたま外で食事をしてくれるようで助かった。

 私がほっと息を漏らしていると、花がこちらにやってきた。

 湊の椅子を奪い取るようにして持ってきて、席に座る。


 それから作戦会議が始まった。


「……鈴、湊はどうやら彼女はいないみたいだよ」

「……どう、かしらね」

「え!?」


 え!?


「さっきのぶっきらぼうな態度は、なんとなく……怪しいわ。それにこれまで菓子パンでの生活をしていたのよね?」

「う、うん……さすがに毎日見てたわけじゃないけど、視界に入るときはいつもパンを食べながら勉強とかしていたかな?」

「だとしたら、なおさら怪しいわ。……親が作ってくれたと言っていたけれど、一度菓子パン生活で良いって言ったのに親がわざわざ二年から作り始めるかしら? もちろん、まったくないとも限らないけれど、ね」

「た、確かに……」


 た、確かに……。


「……あとはあの弁当箱を持って去っていく姿、ね。……普段は教室で食べていたのよね?」

「うん」

「なのに、どうしてわざわざ教室を離れたのかしら?」


 ……! 鈴の考えに私ははっとする。

 もしかして、湊は初めから考えていたのだろうか?

 鈴の言葉で、私はある答えへと行き着いた。

 わ、私の近くでの食事が嫌なほど嫌いなの……?


 泣きたくなってきた。


「と、とにかく、まだ油断はしないほうがいいってこと?」

「ええ、そうなるわね」


 鈴はふふっと口元を緩めて、花を見る。

 食事をとり、しばらくして一度花が教室を出たところで、私は鈴を見た。


「花の恋愛、応援しているんですね」

「……まあ、そうね。花はちょっと子どもっぽいところあるから、絶対男に騙されるわ。応援というよりも見張り、というのが正しいかしら」

「なるほど……鈴から見て、あの人は大丈夫なんですか?」

「まだ確信はできないわ。ただ、まあ、悪い人ではないんじゃないかしら? 教室で時々話しているときも、あまり下心とかは感じないし」

「下心わかるものなんですか?」

「ええ、腕を組めばね」


 ぼいんっと鈴の胸が激しく自己主張した。

 そういえば、大変失礼な呼び方をされているのを耳にしたことがある。

 大中小の三人組、である。もちろん、胸のサイズだ。

 大が鈴で、中が私で、小が花だった。


「……便利ですね」

「そうでもないわよ。嫌な視線をよく集めるし。……それで、さっきの話しに戻るけど、だからこそ余計に不安なのよね」

「どういうことですか?」

「私がわざとらしく胸を強調するように話しかけても、別段気にしていないの。これって……すでに彼女がいるとか、そういう理由もあるんじゃないかと思ったのよ」


 ……彼女。やはり本当はいるのだろうか?

 

「すでに付き合っている相手がいるのなら、正直言って新しい恋を探したほうが早いわ。まあ、相手が別れたあととかに声をかけられれば、チャンスはあると思うけど……いつかわからないし」

「……なるほど。中々計画的ですね」

「恋は熱量じゃないわ。計算よ」


 なんだか深い。そう考えると、私はずっと意味のない恋をしていたのかもしれない。

 計算なんてまったくない。おまけに気持ちを外に出すこともしていないのだ。

 しばらくして、花が戻ってきた。また湊の席に座り、普通に話していた。

 午後の授業開始直前ほどで、湊が戻ってきた。ちらり、と花を見る。


「席、座ってもいいか?」

「あー、ごめんごめん。温めておきました!」

 

 花がびしっと敬礼をすると、湊は苦笑した。

 お互いにニコっと笑い合っている姿は、なんだかそれなりに息の合う恋人同士のようにも見えて――ちくり、と胸がいたんだ。



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