第30話:大森林のダンジョン①
ヴィルとエルクは事前の打ち合わせ通りに二手に分かれてアヤの探索を開始した。
管理組合の職員であるヴィルが単独行動してもいいのかと疑問が残るところだが、そこはヴィルの経歴が理由の一つになっている。
「ふっ!」
『ゲベアッ!』
逆手に持った紫紺の短剣がゴブリンの首を落としてみせる。
続けざまに出てきたミニパンサーの上位種であるハイパンサーや、周囲に群生している木々に似せた姿のトレントも一撃で仕留めてしまった。
「……全力で戦うのは久しぶりだな」
ヴィルは元冒険者である。
それもエルクのシルバーランクを上回るプラチナランクの元冒険者。
広大なダンジョンで人探しとなればランクは関係なくなってしまうものの、出てくるモンスターを討伐する点においては全く問題にはならなかった。
「ちっ! こんな時に限ってモンスターが多いな!」
討伐するのは問題ない。
しかし、いくら弱いモンスターであっても大量に現れてしまえば討伐に時間が掛かってしまう。
ヴィルの目の前にはゴブリンの上位種であるゴブリンメイジにハイパンサー、トレントや人を飲み込むほどに巨大な紫色の花弁を開いたウッドイーターが群れを成して現れたのだ。
「邪魔を、するな!」
ヴィルは紫紺のナイフを地面に突き刺すと、魔法の詠唱を始めた。
「我は影を支配する者なり。我に敵意向く者の影を支配し漆黒の槍で串刺しにせん――シャドウランス!」
滑らかな詠唱から放たれたのは影の中から無数の槍を顕現させる闇魔法のシャドウランス。
使用者が視認している影から無数の槍を顕現させるのだが、今回は目の前に群れを成す全てのモンスターの影から漆黒の槍が突き出された。
乱れ飛ぶモンスターの絶叫。中には絶叫を上げることすらできずに魔石を貫かれて一瞬で灰に変わるモンスターもいた。
二桁はいたはずのモンスターの群れは、一分もしないうちに全てが灰に変わってしまった。
「……くそっ、まだ来るのかよ!」
だが、モンスターの群れは止まらない。
まるでアヤを探しに来た冒険者を殺そうと画策していたかのようにモンスターを差し向けてくる。
「……あぁ、思い出してきたよ。これがモンスターだったな、これがダンジョンだったな!」
そう叫びながら地面に差した紫紺の短剣を引き抜いたヴィルは、再び駆け出すとモンスターの群れに突っ込んで行った。
※※※※
モンスターの群れはエルクのところにも出現していた。
エルクなら魔法を使って一掃することもできただろう。だが、それができない状況に陥っていた。
「皆さんが先に探索に来ていた冒険者ですか!」
「そうだ! だが、いつもよりモンスターが多くてなかなか先に進めないんだ!」
「あーもう! なんでこんなにゴブリンが多いのよ! ここは植物系のモンスターが多いダンジョンじゃなかったの!」
エルクたちの目の前には植物系のモンスターではなくゴブリンを筆頭にゴブリンメイジやハイパンサーが多く出現している。
トレントやウッドイーターもいるのだが、その数は片手で数えられるほどしかいなかった。
「魔法で一掃します、皆さんは一度下がってください!」
「ダ、ダメだ! 奥の方にも二人だが冒険者がいる!」
「孤立しているのよ!」
「なあっ!」
大森林のダンジョンにいる冒険者ならばある程度の実力は有しているだろう。二匹や三匹くらいのモンスターが相手でも引けを取らないはず。
だが、これだけの群れの中で孤立しているとなれば最悪殺されてしまう可能性だって少なくない。
エルクの目的はアヤを助け出すことだが、目の前で苦しんでいる同業者を見捨てると言う選択肢はどこにもなかった。
「僕が群れに穴を開けます。皆さんは僕について来てください!」
「お、お前はいったい?」
「あっ! あなた、もしかしてシルバーランクのエルク・ヴォーグストじゃないの!」
「何い!? シルバーランクだと!」
女性冒険者の声は聞こえていたものの、今はその問い掛けに答えている時間の方がもったいないと判断して、エルクは一気に駆け出した。
すでに抜き放たれている剣が閃き、目の前にいた五匹のゴブリンの首が刎ね飛ばされる。
さらに後方にいたハイパンサーの胴体が両断されると、奥にいたゴブリンメイジには魔法で応戦する。
「燃え上がれ火球、そして爆ぜろ――ファイアボール!」
短文詠唱から放たれたファイアボールは直線軌道でゴブリンメイジに着弾すると爆発。隣に立っていた他のゴブリンメイジを巻き込み肉塊へと変えていく。
さらに前進するエルクの背中を追い掛けてその場にいた四人の冒険者も駆け出した。
「いました!」
エルクはモンスターの群れの間から孤立した二人の冒険者を視認すると、一気に加速して障害物を排除していく。
まるで嵐のような剣速に、追い掛けてきた冒険者たちは自然とと唾を飲み込んでしまう。
「……これが、シルバーランクかよ」
シルバーランクの冒険者、エルク・ヴォーグスト。
剣士でありながら魔法を操る魔法剣士である彼を押し止めることができるモンスターがランクEのダンジョンにいるはずもなく、死んでいてもおかしくはなかった二人の冒険者は間一髪で助け出されたのだった。
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