第41話:大森林のダンジョン⑫
加速、それ以上にアヤを驚かせたのはその中での並行詠唱だった。
「ま、まだやれるんですか?」
「あの子が本気で冒険者を続けていたら、私と同じでアダマンタイトランクになれていたと思うわよ」
「そんなに凄いんですか? ヴィル先輩って」
アヤの印象は当然ながらダンジョン管理組合レイズ支部の厳しい先輩、というだけであり冒険者だったなんて夢にも思わなかった。
それが、元プラチナランクの冒険者で、さらに現役のアダマンタイトランクの冒険者から同じだけの実力を持っていると言われている。
「あの子と私が組めば、全てのダンジョンを攻略できただろうに……もったいない」
「す、全て、ですか」
「そうよー。アヤちゃんにはその根拠をお見せしましょう」
にこやかに笑いながら前に進み出たグロリア。
今まで無詠唱で魔法を使い続けていたのだが、ここに至り始めて詠唱句を口にする。
「——風の聖霊よ、我の願いを聞き入れよ。その空間に存在する風を支配し彼の者を守護し助け給え」
最後に両手の平を口元に持っていき軽く息を吹きかける。
本来ならば最後に魔法名を唱えるのだが、グロリアの魔法は詠唱句だけで完了を迎えた。
「……せ、精霊、魔法?」
「珍しいでしょ? これってとっても便利なのよねー。ヴィルー! 風の精霊が行ったわよー!」
グロリアの言葉に、ヴィルは返事をすることはなかったが視線だけを向けてきた。
すると、すでにアヤの目では追えなくなっていた速度がさらに加速したのだが、これには二つの理由があった。
一つは単純にヴィルに風の精霊の加護が与えられての速度上昇。
そしてもう一つは――
「……あ、あれ? なんか、狭くなってる?」
「ご明察!」
「えっ、でも、どうして?」
ヴィルが壁から壁まで移動していた先ほどまでとは異なり、壁まで行かずとも進行方向を直角や弧を描き、さらには跳ね返るようにして移動を四方八方へと繰り返している。
その度にギガントオーガの触手が弾け飛び、胴体から血しぶきがあがり、悲鳴がこだまする。
何が起こっているのか分からないアヤに対してグロリアが表情を変えずに説明してくれた。
「このフロアに風の足場を作ったのよ」
「風の足場?」
「そうよ。その足場を使ってヴィルは速いタイミングで進行方向を変えているのよ」
「……でも、あれだけの速さで進行方向を変えるのって、大丈夫なんですか?」
速度が上がるほど曲がろうとする時の衝撃は強くなる。それに角度がつけばさらに荷重は高くなる。
ヴィルは加速したうえに先ほどよりも速いタイミングで曲がっているのだから、足に掛かる荷重は相当なものだろう。
「それがあの子の凄いところね。まあ、私のスタイタスハイと? 精霊魔法があるから? これができているんだけどねー?」
「あは、あはは。さすがグロリアさんです」
「でしょー! えへへー、もっと褒めていいんだよー?」
目の前で戦闘が繰り広げられているとは思えないくらいに満面の笑みを浮かべて身悶えているグロリア。
アヤは苦笑を浮かべることしかできず、視線を何とかグロリアの背中越しに行われている戦闘へ向けたのだが、たった数秒視線を逸らしただけなのにもかかわらず戦況は大きく変化していた。
「うおおおおおおおおっ!」
「はああああああああっ!」
超速度で動き回っているヴィル。
そのヴィルの速度の間断を縫って援護しているエルク。
この二人の連携がギガントオーガの無数にあった触手が無くなると言えるくらいに両断し、その場に釘付けにしている。
巨大化した分、その足元には大量の血だまりを作り出しており、結末が近づいていることを物語っていた。
「……さて、そろそろ帰り支度でも始めますか」
「……い、いいんですか?」
「あの状況から負けるようなことがあれば、それはあの二人が悪いわ。もちろんアヤちゃんは私が守るけど、二人のことは放っておくわー」
くるりと振り返りフロアから通路に出たグロリアだったが、すぐに通路の先から爆発音が聞こえてきたことでアヤも慌てて振り返る。
爆発の先では戦闘音を聞きつけたモンスターが近づいて来ていたのだが、グロリアの魔法によって吹き飛んでいた。
「私の相手がこんな奴らだなんて、つまらないわよー」
そう言いながらもオーバーキル気味に魔法を放ち続けているグロリアを見て、やはりアヤは苦笑を浮かべていた。
『……グオォ……ォォォォ…………』
フロアでの戦闘は終局を迎えている。
大咆哮をあげていた口内からは苦悶の声が漏れ聞こえ、無数にあった触手は体を支えている数本を残して全てが両断されている。
そして、その数本の触手すらもヴィルの一振りで一気に斬り捨てられた。
ゆっくりとバランスを崩す巨体。
「……あっ」
地面に巨体が横倒しになるとフロアには砂煙が舞い上がり床が軽く揺れている。
しばらくフロアを眺めていたアヤだったが、砂煙が晴れてくるとそこにはヴィルとエルクがハイタッチをしている姿が視界に飛び込んできた。
「……お、終わった」
アヤの呟きが聞こえたわけではないだろう。
だが、その直後にヴィルがアヤへ振り返ると笑みを浮かべてゆっくりと近づいて来てくれた。
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