第40話:大森林のダンジョン⑪
緑の外皮は変わらないが、その姿形は大きく異なっていた。
頭部と胴体の上部はハイオーガのままなのだが、両腕と胴体の下部から下半身までが植物の蔦や根が無数に伸びてその体を支えている。
三つ目はヴィルとグロリアを睨み付けており、蔦や根がニョロニョロと蠢きいつ襲い掛かろうかと様子を伺っているようにも見えた。
「大森林のダンジョンの元々のダンジョンキーパーってなんだっけ?」
「ギガトレントです、師匠」
「あー、だからあんな進化をしたわけね。あれは蔦と根ってことだと思うけど……あれじゃあ触手よねー」
蠢く触手を目にしてグロリアは明らかに嫌そうな表情を浮かべている。
「どうでもいいだろ。どっちにしろ倒すんだからな」
「えー? 気持ち悪くない?」
「だったらさっさと倒すぞ」
「はいはい。全く、つまらないんだからー」
「はは、ははは」
ヴィルとグロリアのやりとりに乾いた笑いを漏らすエルク。
明らかな異常事態を目の前にしてもこれだけの落ち着きを見せている三人を見て、アヤは自分も何故だか落ち着けていることに驚いていた。
ヴィルが来るまでは気も動転して何も考えることができず、もうダメだと死を覚悟した時だってある。
それが今はどうだろう。三人の背中を安心して見つめることができていた。
「まずは俺が仕掛ける。エルクはタイミングを見て斬りかかってくれ」
「分かりました」
「ねえねえ、私はー?」
「姉貴は自分のタイミングで魔法を使ってくれ」
「えっ、指示がいい加減過ぎない?」
「姉貴に俺が指示できるわけないだろう」
「ぶー! ……まあ、いいけどね。それじゃあいくよー」
突然の掛け声に驚いたのはアヤだけだった。
グロリアの魔法は身体強化魔法――ステイタスハイ。
対象者の全能力が向上するのだが、その動きが魔法発動前と差異なく動けるというのが最大の利点である。
体を鍛える、新しいことに挑む、そうすると以前の動きとはどうしても差異が出てしまうものだが、ステイタスハイの場合は差異なく自分の思った通りに体が動いてくれる。
「ありがとうございます、師匠」
「さっさと片付けて帰るぞ。エルフィンを安心させてやりたいしな」
「ちょっと! ヴィルからお礼を聞いてないんですけどー!」
「うるさい。いくぞ!」
「はい!」
グロリアの抗議を無視して、ヴィルはステイタスハイで向上した速度を活かして先ほどよりもさらに速く駆け抜ける。
一歩めからアヤでは視界に捉えることができなくなっていた速度だが、ハイオーガとギガトレントが進化したモンスター――ギガントオーガの視覚はヴィルを捉えていた。
無数の触手がヴィルへと殺到して地面を砕きながら襲い掛かっていく。
ヴィルは回避しながら漆黒の短刀で触手を斬り裂き、ギガントオーガの周囲を旋回しながら徐々に間合いを詰めていく。
ヴィルとギガントオーガの戦いを見つめていたエルクも動き出す。
「火の精霊サラマンダーよ、我の身を喰らいその力を示し給え。魔を持つ者をその火で喰らい滅し給え──ブレイクフレア!」
元々がギガトレントだったギガントオーガに対して、火属性が弱点である可能性を見たエルクが魔法を発動した。
ブレイクフレアはギガントオーガの足元目掛けて放たれた──それを触手が遮ってしまう。
着弾地点で爆発し、さらに炎を広げていくのだが、足元よりもはるか手前で爆発したことで期待していたダメージと足止め効果は得られない。
しかし、そこはエルクの想定内だった。
爆発によって生じた砂煙に隠れて大きく迂回したエルクは、ヴィルとは異なり真っ直ぐギガントオーガへ迫っていく。
「──火の精霊サラマンダーよ、御身を我に宿らせ給え」
そして、ブレイクフレアとは違う詠唱句を唱え始めた。
「我を介してそのお力を、ご加護を得た剣へと貸し与え給え──ファイアソード!」
魔法剣士と呼ばれている所以はこの魔法にあった。
エルクの愛剣は火の精霊サラマンダーの加護を得た名剣サラマンディア。
通常の剣であれば魔法の威力に耐えることができず砕けてしまうが、サラマンディアはその威力を刀身に纏わせて魔法剣として扱うことが可能となる。
これが、魔法剣士エルク・ヴォーグストの真骨頂だ。
『ブジュオラアアアアアアアアッ!』
「はあっ!」
炎を纏ったサラマンディアが触手を斬ると、傷口から炎が発生して本体へと伝っていく。
このままいけば全身に炎が行き渡るのだが、これで決まるとはエルクも思ってはいない。
ギガントオーガは、自切することでダメージを最小限に抑えてしまった。
「まだまだ!」
『ブジュウ、オウラアアアアアアアアッ』
魔法剣に脅威を感じたギガントオーガは、触手を確実に当てることのできるエルクへと殺到させた。
「──甘く見られたものだな!」
直後、包囲網が緩くなったことでヴィルの真骨頂が発揮された。
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