第42話:大森林のダンジョン⑬
座り込んでいたアヤに対して、ヴィルは手を差し出してきた。
その手をじーっと見つめていたアヤだったが、その姿にヴィルが溜息をつきながら声を掛ける。
「……はぁ。おい、大丈夫か?」
「……だ、大丈夫、です」
「……」
「……」
「……ったく、ほらよっ!」
仕方がないと言わんばかりにヴィルが屈みこみアヤの手を力強く握るとグイっと引き上げる。
その勢いにアヤは自然と立ち上がったのだが、足に力が入らずそのままヴィルの体にもたれ掛かってしまった。
「……ご、ごめんなさい!」
「いや、いいよ。……本当に、無事でよかった」
慌てふためくアヤにヴィルは優しく声を掛けながら、手を放すとそのまま背中に手を回して抱きしめた。
「あの! ヴィ、ヴィル先輩!?」
「……本当に、よかった」
「……ヴィル、先輩?」
先ほどの勇ましい姿はどこへいったのか、今のヴィルの声音はまるで親とはぐれた子どものように弱々しく、そして怯えているように聞こえる。
この状況をどうするべきかと考えたアヤだったが、体は自然とヴィルを抱きしめ返していた。
「……はい。ヴィル先輩と、みんなのおかげで助かりました。本当にありがとうございます」
その姿をエルクが微笑ましく見つめており、グロリアも茶化すでもなく黙々と近づいてくるモンスターを一掃している。
しばらく抱きしめ合っていた二人だが、ヴィルが一つ息を吐き出すとゆっくりと体を離していった。
「……す、すまん」
「……いえ、私の方こそ、ご迷惑をお掛けしました」
二人が離れたタイミングを見計らってエルクが近づいてくると、その手には魔石ではなく魔核が握られていた。
そのサイズは初心者のダンジョンでドロップしたオーガの魔核よりも二回りは大きくなっているのだが、一番の違いはその色合いだろう。
乳白色の中に深緑の筋が渦を巻くように柄を作っていた。
「こんな魔核、俺も見たことがないぞ?」
「師匠はどうでしょうか」
「聞いてみるか……って、姉貴、何をやってるんだ?」
振り返ったヴィルが見たものは、モンスターを一掃し終えたグロリアが柱に隠れ顔だけを覗かせてこちらを見ている姿だった。
「ぐふふ、いやーねぇ、愚弟が可愛い女の子を抱きしめている姿にむふふな展開を妄想していたのよー」
「ちょっと、グロリアさん!」
「照れないのよー、アヤちゃーん! そして愚弟はどうなのよー?」
「……黙れ。それで、これを見たことがあるのか?」
ここでは茶化してきたグロリアだったが、慌てふためくアヤとは異なりヴィルは真顔で魔核を突き出してきた。
つまらなそうに頬を膨らませていたグロリアも、目の前に突き出された魔核を目にするとこちらも真顔で見つめていた。
「……あー、なるほど。確かに火炎竜のダンジョンで見た魔核と同じ筋ができてるわね」
「そうなのか?」
「火炎竜のダンジョンでは深紅の筋が魔核に混ざっていたんだよね。ギガトレントの外皮が深緑だから、ここでは緑が混ざってるんでしょうけど……何が原因で異常が起きたかは正直分からないわね」
暫し思考の海に潜ってしまったグロリアだったが、すぐに相好を崩してヴィルの腕を振り払うとアヤに抱きついてしまう。
「分からないことを悩んでも仕方ないわよー! まずは、アヤちゃんの無事を喜ぶべき! それで、私たちはさっさとレイズ支部まで戻るわよー!」
「……確かに、そうでしたね」
「……今回に関しては姉貴の言う通りだな」
「今回も! だからねー! 全く、こんな可愛い女の子を危険な目に遭わせるだなんて……ヴィル、一度鍛え直さないといけないんじゃないのー?」
「あの、これは私のせいですから、ヴィル先輩は悪くないんですよ?」
四人はそんな何気ない会話をしながらフロアを出て、グロリアが作ってくれた帰路を進んで行く。
道中ではアヤから連れ去られた時の話を聞いていたヴィルは、黒幕が予想通りフロリナ・ハッシュベルだったと確認することができた。
フロリナは一人ではなく協力者がいたのだが、そこはすぐに布を被せられたので顔は見ていなかった。
ただ、そこは気にしていないようだった。
「冒険者だったなら探すのは意外と簡単かもしれないぞ」
「そうなんですか?」
「まあ、そこは冒険者証があるからな」
「……?」
「戻れば分かるさ」
首を傾げているアヤの頭に手を軽く置きながら、視線を前方へ向ける。
「そこー! 動きが雑になってるわよー!」
「す、すみません!」
「左から来てるわよー!」
「分かってます!」
「だったら対処するー!」
「はーい!」
そこではグロリアの指導という名のしごきがエルクに行われていた。
道を確保してくれているので何も言えないのだが、アヤとヴィルは顔を見合わせて苦笑を浮かべている。
「さて、もう少しだぞ」
「はい!」
そこから数分後には魔法陣がある入り口に戻ってきた四人。
魔法陣の中央に立ったアヤは振り返ると大森林のダンジョンを見つめる。
目を覚ます前に殺されていてもおかしくはなかった。
目を覚ました後も同様だ。むしろ恐怖を感じながら殺されていたかもしれないと考えると気づかずに死んでいた方がよかったかもしれないと思っていたかもしれない。
それでも生きて帰ることができたことに感謝し、アヤは三人の顔を眺めていく。
「……本当に、ありがとうございます」
改めて、アヤは三人にお礼を口にしながら頭を下げる。
そして顔を上げた時に見た三人の微笑みを見て、アヤも笑うのだった。
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