第34話:大森林のダンジョン⑤

 ヴィルは感じ取っていた。

 自らが作り上げた守護の魔法陣が発動したのを。

 そして焦りを感じていた。


「不味いな。早く見つけないと、魔法陣がもたないぞ」


 守護の魔法陣は、アヤに渡したお守りに縫い込まれている。

 これでアヤがまだ生きていることを知ることができたが安心はできない。

 守護の魔法陣にも様々な物があるが、ヴィルが作った魔法陣は発動するまでは期限がないものの、一度発動してから30分を過ぎると自動的に効果が消失してしまう。

 また、あまりに強力な一撃に対しては強制的に効果を失うこともある。

 ランクEのダンジョンであれば一撃で効果を失うことなどあり得ないのだが、大森林のダンジョンに異常が起きていることはヴィルも気づいている。

 この異常によって守護の魔法陣が30分を待たずして効果を失い可能性もあると考えると、ヴィルの気持ちが焦ってしまうのも仕方がないかもしれない。


「効果はまだ継続している。アヤはまだ生きている」


 それでも守護の魔法陣がいまだ効果を発揮していることは作り上げたヴィルには分かっている。

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出していく。


「……よし、あっちだな」


 そして、どこで発動されたのか、さらに今どこにあるのかを感じ取ることができる。

 ヴィルはアヤの居場所に当たりをつけると迷うことなく駆け出した。

 向かってくるモンスターを一振りで仕留め、群れで現れれば魔法を放ち一掃する。

 ヴィルは確実にアヤへ近づいていた。


 ※※※※


 雰囲気が変わった。

 そう感じていたのはアヤだった。

 腕を失ったゴブリンから逃れた後は近くのフロアへと逃げ込み隅の方で膝を抱えて固まっていたのだが、不思議と暖かな空気を感じ取っていた。


「……あれ、これって?」


 ここでようやく握りしめていたお守りが暖かな光を発していることに気がついた。


「……もしかして、ヴィル先輩が私を守ってくれた?」


 初心者のダンジョンに向かう時にヴィルから貰ったお守りには、守護の魔法陣が縫い込まれていた。

 悪意あるものを弾き返し、そして反撃を行う。ゴブリンの腕が吹き飛んだのもその効果のおかげだ。

 アヤが感じ取った雰囲気の違い、これはゴブリンから逃れて一息つくことができたことでお守りの効果を暖かさとして感じたことによるものだった。

 しかし、今のアヤではこの場を動くことはできない。

 先ほどの死への恐怖が、逃げ切った後の足を棒のように固めてしまっている。


「……ま、まだ、私は生きてる。ヴィル先輩が守ってくれたもの!」


 それでも思考は完全に回復していた。

 お守りの暖かさが心の疲労を癒し、生への執着を復活させたのだ。


「お守りがあっても、ずっと効果を発揮するとは限らないわ。それならここを動かない方がいいかもしれない。それで、もしモンスターがフロアに入ってきたら……うん、その時は逃げよう。その時だけ逃げ回ろう」


 迷いに迷っていた最初の頃とは違う。

 今のアヤはしっかりとやることを決めている。

 生き残るにはその場しのぎの決定ではダメだと理解したから。

 お守りの暖かさが冷静な思考を取り戻させたから。


「ヴィル先輩、私は生きています。助けを待っています」


 お守りを両手で握りしめ、その手を額に押し当てながら助けを待つのだった。


 ※※※※


 ――大森林のダンジョンに発生している異常は、確実にダンジョンを蝕んでいた。


『……フシュルルル』


 火炎竜のダンジョンに起きていた異常が、エルフィンの懸念が的中してしまった。

 モンスターの大量発生、そして進化と暴走。

 普通のモンスターに進化は表れていないものの、大量発生と暴走は見られている。

 ならば進化はどのモンスターに表れているのか――


『ブジュルオオオオオオオオッ!』


 大咆哮を上げたのは、ダンジョンキーパーだった。

 トレントの上位種であるギガトレントがダンジョンキーパーのはずなのだが、その姿は明らかに別のモンスターに進化している。

 それもトレントとは異なる全く別の系統のモンスターに。


『……ス』


 二足歩行のモンスターは額に二本の角を生やし、その体長は三メートルを超えている。

 ギガトレントの面影を残しているのは体皮の緑色だけだろうか。


『……ロス』


 異形と言うべきか、人間の目があるだろう場所とは別に額にも瞳が開かれ、三つ目が同時に一ヶ所を見つめている。


『コロス!』


 本来ならば最深部から出ることのできないダンジョンキーパー。

 だが、進化したダンジョンキーパーは一歩ずつ最深部への出入り口は歩みを進めると、あろうことか最深部から外に出てしまった。


『オオオオオオオオォォッ!』


 まるで大森林のダンジョンにいる獲物に自分の存在を伝えるかのような大咆哮。

 進化したダンジョンキーパーは本来、ランクA以上のダンジョンでその存在を確認されている危険なモンスターだった。


 そのモンスターの名前は――ハイオーガ。


 口から緑色の怪しい息を吐き出しながら、ハイオーガは大森林のダンジョンを歩き回る。

 その三つ目は獲物を見つけるためにギョロギョロと動き回る。

 現在ハイオーガの一番近くにいる人物は――アヤだった。

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