第33話:大森林のダンジョン④
エルクは違和感を感じていた。
大森林のダンジョンにはここ最近足を踏み入れていなかったものの、ダンジョン特性は熟知しているつもりだった。
だが、目の前にいるモンスターはゴブリン系やパンサー系のモンスターで主に塔タイプや洞窟タイプに生息しているモンスターである。
森タイプには植物系のモンスターが多く生息しており、自ずと遭遇するモンスターも植物系のモンスターが多くなるはずなのだ。
「いったい何が起こっているんだ?」
そんなことを考えていると、隙を見せているを思ったのかモンスターの群れがエルクめがけて駆け出してきた。
「考えている暇もなさそうですね!」
魔法でモンスターを一掃し、討ち漏らして近づいてきたモンスターには鋭い一撃を浴びせていく。
舞い上がっていくモンスターの灰を気にすることなく、エルクはさらに先へと進んで行く。
「……早く来てください、師匠!」
今の状況を打開するにはエルクの師匠の能力がカギを握っている。
そう思ったエルクの口からは自然とそんな言葉が漏れ出していた。
※※※※
「——はあ、はあ、はあ、はあ!」
必死の形相で逃げ回っているアヤ。
呼吸は荒れ、大量の汗が水分を奪い、さらに体力を削り取っていく。
『ギャハハハハッ!』
アヤが逃げてきた後方の道からは涎を垂れ流しながらゴブリンが三匹姿を現した。
モンスターの本能だろうか、目の前に現れたアヤが敵ではなく獲物だと理解したゴブリンはまるで弄ぶかのようにして追い掛け回している。
本気を出せばすぐにでも追いつけるだろう。だが、ゴブリンは逃げるアヤの姿に娯楽を覚えていた。
だからこそ助かっている、という思いはアヤにはなく、ただ恐怖がその心を蝕んでいた。
「きゃあ!」
逃げ続けていたアヤの足がもつれ、ちょっとした段差に躓いてしまう。
汗で濡れた衣服には枯葉や土汚れが付着しており、髪の毛も肌に密着している。
荒い呼吸のまま振り返ると、口端を上げて不敵に笑ったゴブリンがヒタヒタと足音を立てながらゆっくりと近づいてきた。
『……ゲヒャ!』
「ひいっ!」
死への恐怖に立ち上がることができず、アヤは腕の力だけで体を引きずりながら後退るものの距離は縮まる一方。
そして、木々の隙間から差し込んでいた日の光はゴブリンの体躯に隠れ、三匹がアヤを取り囲むようにして見下ろしていた。
――死んだ。
振り上げられた棍棒や錆びたナイフを見て、アヤはそうとしか考えることができなかった。
一撃では死ねないだろう。痛いだろうか。どうせ死ぬなら痛くない方がいいな。
そのようなことだけが頭の中によぎってしまう。
そして、棍棒と錆びたナイフが振り下ろされる瞬間に目を閉じたアヤに襲い掛かってきたのは――。
『ギャアアアアアアアアッ』
ゴブリンの絶叫だった。
目を閉じていたアヤには何が起こったのか分からず、ゆっくりと片目を開いてみる。
すると、囲むようにして立っていた三匹のゴブリンの武器を持っていた腕が爆発したかのように吹き飛んでいた。
目の前の状況に吐き気が込み上げてきたのだが、千載一遇のチャンスと見たアヤは足に力を込めて特にダメージの大きそうな後方のゴブリンに体当たりを試みる。
『ゲヒャアッ!』
体勢を崩して倒れ込んだゴブリン。
アヤも転がるようにして倒れてしまったがすぐに立ち上がると再び逃げ出した。
『ギギギ、ギヒャアアアアッ!』
「だ、誰か、助けて!」
周囲には誰もいない。
誰が助けてくれたのか分からないアヤだったが、今はゴブリンから逃げることだけを考えて走り続ける。
その手が握りしめるお守りが暖かな白い光を発していることなど、気づくはずはなかった。
※※※※
大森林のダンジョンに到着した女性冒険者はすぐに探索を開始――することはせず、地面に手を置いて目を閉じていた。
「——地の聖霊よ、我の願いを聞き入れよ。その地を踏みしめる我らの同胞を見つけ、その居場所を教え給え」
手を置いた地面を中心にして黄色い光が四方八方へと伸びていく。
女性冒険者の脳内には地の精霊からの情報が一気に流れ込んできている。
普通の冒険者であればあまりの情報量に魔法を中断してしまうだろうが、女性冒険者は情報を受け取りながら頭の中で整理し、そして必要なものだけを記憶していく。
「……エルクが右、あの子は左か……あっちは他の冒険者で……あれは……あー、そっちに行っちゃったか」
目的の人物が向かっている先に何があるのかを理解した女性冒険者は立ち上がると溜息をつきながら手についた土を払う。
「これは、急がないといけないかもね」
肩を回しながら歩き出した女性冒険者の腰には二振りの剣が差してある。
エルクの師匠である女性冒険者も魔法剣士であり、そのランクはシルバーランク以上。
レイズ支部が抱える冒険者の中では最強の一画を担う女性冒険者は、迷宮タイプが融合している大森林のダンジョンを迷うことなく突き進む。
その先にいるのは目的の人物であるアヤ。
そしてその先にあるのは――ダンジョンの最深部だった。
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