第32話:大森林のダンジョン③
ヴィルは大きいフロアから小さいフロアまで片っ端から足を踏み入れているのだがアヤを見つけることがいまだできておらず、手掛かりすら見当たらない。
大森林のダンジョンも半ばまで進んできたヴィルだが、ここで一つの懸念が頭の中によぎってしまう。
「……あいつ、まさか動き回っているのか?」
当初は動かないだろうと思っていたヴィルだが、冒険者が大森林のダンジョンに足を踏み入れてからはいたるところで戦闘音が鳴り響いている。
音を聞いてから助けを求めて動いている可能性もあると気づいてしまったのだ。
「だが、それなら何かしら手掛かりがあってもおかしくはないはずなんだが……」
今は少し大きめのフロアで手掛かりを探していたヴィルだが、ここでも何も見つけることはできない。
次のフロアへ向かおうとしたその時――遠くの方からモンスターの咆哮が聞こえてきた。
「くそっ! フロアを探すだけではダメか!」
アヤが動いていなければフロアを目指して進んで行けば問題ないと思っていたヴィルだが、もし動いているならばモンスターと遭遇しているかもしれない。
モンスターの咆哮は獲物を見つけた合図でもあり、アヤがピンチに陥っている可能性も高くなるのだ。
「……行くか」
紫紺の短剣はすでにモンスターの血に染まり赤黒くなっている。それはヴィルの両腕も同様だ。
今の姿をアヤが見たらどう思うだろうか。恐怖を感じてしまうだろうか。
そんなことを考えながら咆哮が聞こえた方へ向かっていると、そこにはエルクと別れた四人の冒険者がモンスターと戦っていた。
「外れか!」
モンスターの数は五匹。
冒険者の姿を見ただけで有利は冒険者にあると判断したヴィルは踵を返して別のフロアへと向かう。
「あいつは確かベイル・ギュリエラとか言ったな。他の冒険者もアイアンランク……まあ、問題はないだろう」
ヴィルの頭の中にはダンジョンだけではなく冒険者の情報も入っている。
モンスターと冒険者、そしてランクから任せても問題ないと判断していた。
「エルクがさらに奥を調べているとなれば、俺が調べられる範囲はもう少しか……頼む、生きていてくれよ」
自然と速度が上がり、モンスターも視認するとすぐに加速して一振りで仕留めていく。
ヴィルが通ってきた道には多くの魔石が転がっている。
まるで、アヤが魔石を見つけたら追って来いと告げているかのように。
※※※※
――一方、レイズ支部には大森林のダンジョンから戻ってきた二人の冒険者が状況を報告していた。
「モ、モンスターの異常発生!?」
「は、はい。ヴォーグストさんが、数が異常だと。過去にも同じことがなかったか、調べてほしいと言っていました!」
全速力で戻ってきたのだろう、二人の冒険者からは大量の汗が流れ続けている。
報告を受けたエルフィンはアルバに指示を出してモンスターの異常発生についての情報がないか調べさせつつ、自分でも過去に似たようなことがなかったか記憶を遡っていく。
「ダンジョン……モンスター……異常発生……自然発生……人為的?」
ヴィルとキミエラが駆け込んできた時はバタバタしていた職員たちも今ではだいぶ落ち着いている。
エルフィンも受付から離れて報告を受けている状況だった。
「……アルバさん! ランクSの火炎竜のダンジョンで起きた事件について調べてください!」
「ランクS、火炎竜のダンジョン……! わ、分かりました!」
記憶を遡り、エルフィンは一つの事件に思い至った。
エルフィンの懸念が的中してしまうと、今回の事件はアヤを助け出すだけでは終わらない可能性が出てきてしまう。
情報を精査し、共通点があるか否か。
目を閉じて報告を待っていると――アルバから声が掛けられた。
「支部長! 火炎竜のダンジョンで起きた事件ですが、報告書ではダンジョンキーパーの暴走、そして進化について大きく書かれているんですが……」
「どうしましたか?」
そこまではエルフィンも覚えている。あまりにも有名な話で当事者でなくても噂話として耳に届いてきたからだ。
だが、詳細までは調べたことがなかった。
「ダンジョンキーパーだけではなく、普通のモンスターも進化、暴走をしていたと。そして、その数も異常だったことが書かれています!」
「……そうですか、不味いですね」
腕組みをしながらどうするべきかを考えるエルフィン。
アイアンランク以上の冒険者をさらに投入するか。だが、火炎竜のダンジョンと同様にモンスターも進化しているとなれば、中途半端な実力では被害を拡大させる恐れが出てくる。
ならばアイアンランク以上の冒険者を送り込みたいと考えるのが普通なのだが、設立して間もないレイズ支部にはシルバーランク以上の冒険者は数える程しかおらず、現時点では誰も顔を出していない。
完全に行き詰ってしまった――そう思った時だった。
「——不肖の弟子からこんな手紙を貰ったんだけど?」
そんな声が受付からエルフィンに掛けられた。
「……お願いできますか?」
「当然。それに、あの子も行っているんでしょう?」
無言で頷いたエルフィンはすぐに立ち上がるとすでに発行されていた通行許可証を手にして転移門まで移動する。
「よろしくお願いします。それと、もしかしたらモンスターが異常発生、そして進化している可能性もあります」
「進化? ……まあ、ランクEの進化したモンスターなんて問題にはならないわよ」
ふふふ、と笑いながら女性冒険者はエルフィンの背中を軽く叩いた。
「任せなさい。私の能力を知っているでしょう?」
転移門に到着した女性冒険者は自信満々の表情を浮かべたまま、その姿を消したのだった。
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