第35話:大森林のダンジョン⑥
大咆哮を聞いて最初に動きを変えたのはモンスターだった。
恐怖に囚われ、そして目の前の敵を倒すことに執着し始める。
最初に餌食になってしまったのは──ベイルを含む四人の冒険者たち。
「う、うおっ!」
「なんだこいつら、いきなり強くなりやがったぞ!」
恐怖に囚われて守りを捨てたモンスターは、捨て身で冒険者へと襲い掛かる。
前衛を担っていたベイルと男性冒険者は、モンスターが後ろに抜けないよう必死で食い止めているものの、徐々に後退を余儀なくされる。
「ま、魔法を、早くしろ!」
怒号にも似た声が飛び、後衛の女性冒険者二人が魔法を解き放つ。
後方から押し寄せてきたモンスターを倒すことはできたが、全てではない。
モンスターがモンスターを盾にして、生き残ったモンスターがさらに迫ってくる。
「こ、こんなの無理だよ!」
「私たちも、あの時に戻っているべきだったんだわ!」
大量に押し寄せてくるモンスターを見て心が折れ掛けている女性冒険者を見て、ベイルは舌打ちをする。
このままでは殺されてしまう──そう思った矢先である。
「──アースクエイク」
突如として響いてきた透き通るような声に反応して地面が隆起すると、そのままモンスターを飲み込んでしまう。
冒険者を押し潰そうとしていたモンスターの群れは、一匹も残すことなく姿を消してしまった。
何が起こったのか。
全員が声のした方へ振り返ると──そこには誰もいなかった。
「……幽霊か?」
ベイルはそんな呟きをこぼすものの、今の自分たちにはどうでもよかった。
「おい! すぐに引き返すぞ!」
「に、逃げるのかよ!」
「俺たちじゃあ役不足だ! 後ろを見てみろ!」
強気な男性冒険者だったが、膝を折り体を震えさせている二人の女性冒険者を目にする。
そして、その後から自分も震えていることに気がついた。
「……くそっ、分かったよ」
命を無駄にするわけにはいかない。
今ある命は、年下ながらシルバーランクの冒険者に拾われた命なのだ。
「すまん、ヴォーグスト。後は頼んだぞ」
助けてくれたエルクの無事と依頼の成功を願いながら、ベイルたちは大森林のダンジョンを引き返していった。
※※※※
聖霊から、悲鳴のような声が聞こえている。
それだけで、火炎竜のダンジョンと同じことが起きているのだと女性冒険者は判断していた。
だからこそ、冒険者たちを助けた後も声を掛けることなく走り続けている。
助けるべき対象に危険が迫っているから。
「まったく、エルクもあの子も何をやってるんだか」
モンスターが現れても速度を落とすことなく、無詠唱で放つ魔法の餌食にして突き進む。
「もしかして、私が一番乗りかしら? もしそうなったら、何をおねだりしてやろうかしら?」
そんな場違いのことを呟きながら、女性冒険者は最深部を最短ルートで目指していた。
※※※※
エルクの耳にもハイオーガの大咆哮は聞こえていた。
そして、速度を上げてダンジョンを走っている。
先ほどの大咆哮が異様なものだと感じていたのだ。
しかし、そんなエルクの目の前には暴走を始めたモンスターの群れが殺到していた。
「邪魔だ! 火の精霊サラマンダーよ、我の身を喰らいその力を──!」
詠唱している最中、モンスターの群れの中から一匹のモンスターが飛び出してきた。
『ゲヒャヒャ!』
「くっ! は、速い!」
ベイルたちのところには現れなかった進化したモンスター。
エルクを驚かせたモンスターが正にそれだった。
振り抜かれたのは誰かが落としていっただろう人が作り出した剣。
それを操っているのはゴブリンが進化したゴブリンナイト。
まるで人と人が斬り結んでいるかのように鉄と鉄がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。
シルバーランクのエルクをもってしても苦戦を強いられるゴブリンナイトは、ランクDのダンジョンに多く出現するモンスターだった。
「時間の、無駄なんですよ!」
『ゲヒャヒャヒャヒャ!』
進化だけではなく暴走までしているゴブリンナイトと斬り結んでいる間に、他のモンスターがエルクを取り囲む。
このままでは数の暴力をもって殺されかねない。
しかし、エルクの表情に焦りは見られなかった。
「──火の精霊サラマンダーよ、我の身を喰らいその力を示し給え」
『ゲ、ゲヒ?』
エルクは待っていた。モンスターが自分を狙い固まるこの時を。
「魔を持つ者をその火で喰らい滅し給え」
『ゲゲ、ゲギイイイイィィッ!』
不意を突かれた時には中断してしまった詠唱を、ゴブリンナイトと斬り結びながら唱える並行詠唱。
詠唱を止めようと剣速を上げたゴブリンナイトだが、それすらも冷静に受け止め、捌き、さらには反撃を加える。
このままでは仕留めきれないと判断したのか、ゴブリンナイトは他のモンスターを盾にしてこの場を離れようと試みるが──。
「ブレイクフレア! 逃がしませんよ!」
放たれたブレイクフレアは逃げるゴブリンナイトを狙って発動された。
咄嗟に逃げようとしたゴブリンナイトもブレイクフレアの射程外に逃れることはできず、呆気なくその肌を焼かれ、骨や臓器を溶かし、爆発させて灰に変わる。
逃げた先は群れの中心。故に、ほとんどのモンスターを巻き込んでいった。
しかし、真っ赤に燃える炎の奥からはいまだにモンスターの足音が聞こえてくる。
「……間に合ってください、ヴィルさん」
モンスターの群れに足止めを余儀なくされたエルクは、ヴィルが間に合ってくれることを願うばかりだった。
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