第20話:初めてのダンジョン①

 ――ダンジョンとは、生と死が混在する場所である。

 ――ダンジョンとは、一攫千金を可能とする場所である。

 ――ダンジョンとは、いまだ解明されていない謎の場所である。


 今回アヤたちが訪れたダンジョンは、ダンジョンが発見され始めた初期に見つかったダンジョンであり、ダンジョン管理組合が管理しているダンジョンの中では一番攻略が簡単と言われている。


「……ここが、初心者のダンジョンですか」


 名前の通り、冒険者になりたてのブロンズランクが最初に訪れる初心者のダンジョン。現れるモンスターも最弱と呼ばれるスライムやゴブリンがほとんどで、強敵と呼ばれているのが四足歩行のミニパンサーや影から現れるシャドウパイクくらいだ。

 そのミニパンサーとシャドウパイクも三階層からようやく姿を現すので、ブロンズランクでも二階層までは難なく進むことができる。


「アヤ、初心者のダンジョンの階層は?」

「五階層で塔タイプです」

「こ、ここに来てまで勉強ですか?」

「来ているからこそだ。ダンジョンに来て忘れました、では命を落としかねないからな」


 一階層から二階層まではスライムとゴブリンが、三階層からはミニパンサーとシャドウパイクが現れる。

 それ以外では各ダンジョンの最深部にダンジョンキーパーと呼ばれる主が存在している。

 各階層で複数現れるモンスターとは異なり、ダンジョンキーパーは一匹しかいない。そして一度討伐されれば次の出現までには数日程度のインターバルが必要となる。

 強敵だからこそ、討伐できた時の見返りは大きい。ドロップするアイテムもレアアイテムが多く、高値て取引されることも多い。


「今ならダンジョンキーパーが現れると思うので、ちょうどよかったかもしれませんね」

「……ちょうどよくないです」

「いや、初心者のダンジョンで経験できることが多い方がいいぞ」

「……そうですか?」

「ランクFやEで初めてダンジョンキーパーと対峙するなんてことにいなれば、それこそ足手まといになりかねない。そして、それはパーティの全滅にもつながるんだ」


 全滅という単語が飛び出すと、アヤはゴクリと唾を飲み込んだ。


「あまり脅さないでくださいね、ヴィルさん。護衛するのは僕なんですから」

「エルクなら大丈夫だろ。足手まといが一人や二人いたくらい」

「あ、足手まといになんてなりませんよ! しっかり守られますからね!」

「守られるんですね。まあ、その方が助かりますけど。それじゃあ、そろそろ行きましょうか」


 自信満々に言うことではないと内心で思いながら、エルクは苦笑を浮かべて歩き出す。


「そうだ。一応これを持っておけ」

「これって、なんですか?」

「お守りみたいなもんだな」

「お守りですか……って、置いて行かないでくださいよ!」


 先に行っているエルクの背中にヴィルが続き、最後にアヤが慌てて駆け出しヴィルの隣に並んだ。


 五階層からなる初心者のダンジョンは巨大な長方形の白岩が積み重ねられて築かれたダンジョンである。

 そのせいで地面も壁も白岩であり、所々で染まっている赤色が異様に目立っていた。


「……こ、この赤色って、もしかして、血ですか?」

「そうですね。モンスターのか冒険者のか、それは分かりませんけど」

「……エ、エルク君も平然と答えるんですね」

「ここよりも酷いダンジョンにも行っていますからね。酷いダンジョンだと血痕だけではなく、体の一部なんかが――」

「も、もういいです! 今は血だけで精一杯ですから!」

「腕やら足やら、下手をしたら首なんかが――」

「ぎゃー! ヴィル先輩、あなたはバカなんですか! 怖いじゃないですか!」

「さ、騒がないでくださいよ! モンスターが寄って来ちゃいますから!」


 エルクの注意にアヤは両手で口を覆いピタリと黙ったのだが――時すでに遅しである。


 ――ヒタッ、ヒタッ。


 通路の奥の方から何かの足音が耳朶を振るわせて近づいてくる。

 アヤは顔を青ざめて通路を見つめ、ヴィルは平然とした表情で腕を組み立っている。

 エルクが剣を抜きモンスターに備えていると、通路の先から足音の主が姿を現した。


『……キヒャ?』

「ゴ、ゴブリン!」

『キヒャヒャヒャヒャッ!』


 アヤの声に反応したゴブリンは何も考えずに鋭い爪を煌かせて駆け出してきた。

 狙いはアヤなのだが、目の前に立つエルクが邪魔だと本能で判断したゴブリンは目を吊り上げてエルクに飛び掛かる。


「エルク君!」

「安心しろ。言ったはずだが、エルクはシルバーランクの冒険者だぞ?」


 ヴィルが言うのが早かったか、それともエルクの動き出しが速かったか。

 ゴブリンが飛び掛かろうと足が地面から離れた直後、地面を蹴ったエルクの姿は先ほどまでの場所から姿を消し、気づけばゴブリンの後方へと移動していた。


『……ゴフッ!』

「手応えのない」


 剣に付いたゴブリンの血を払うのと同時に、ゴブリンの体が上下に両断されて地面に転がった。

 エルクとヴィルは見慣れた光景なのだが、アヤにとっては初めての光景である。結果――


「うぷっ!」

「おいおい! 吐くなよ!」

「…………だ、大丈夫、です」

「これくらいで吐いてたら、ここから先が大変だぞ?」

「……すみません、本当に大丈夫ですから」


 青い表情では説得力に欠けるのだが、ヴィルもこうなることは想定内だったのでアヤの言葉を信じて先に進む決定を下す。

 ついでにモンスターからのドロップアイテムについて説明することにした。


「モンスターを倒すと魔石が手に入る。大抵は胸の中央に存在していてゴブリンもその例に漏れない」

「……ど、どうやって取り出すんですか?」

「そんなもの決まってるじゃないか。胸を切り開いて手を突っ込み、腕を血みどろにしながらぐっと引き抜いて――」

「絶対に嫌です! そんなものいりませんから!」


 断固拒否の姿勢を見せるアヤを見ているヴィルの表情はニヤニヤである。


「……ヴィルさん、嘘はいけませんよー」

「……えっ、う、嘘?」

「エルク、つまらんなー」

「ダンジョンで冗談なんて言えませんからね。ここがランクGのダンジョンでもです」


 苦笑するエルクをアヤは何度も瞬きをさせながら見ている。


「ヴィルさんの言った方法だったら僕でも取り出したくないです。本当はもっと違う方法なんですよ」

「そ、そんなんですか?」

「もう少ししたらその答えが見れますよ……ほら、ゴブリンを見ていてくださいね」


 そう言ったエルクの言葉に従い、アヤはゴブリンに視線を向ける。

 すると、ゴブリンの体が徐々に灰になっていくと、数秒後には完全に灰となりその中に紫色の魔石が転がっていた。


「……えっ、これでいいんですか?」

「モンスターは時間が経つと肉体を保つことができなくなり、その姿を灰に変えてしまいます。その時、モンスターの核でもある魔石だけは灰にならずに残るんですよ」

「……ヴィルせんぱ~~い!」

「あはは! 怒るな、怒るなよ! ダンジョンに新人を連れてくる時には毎回やっていることだからな!」

「こんなことを毎回やらないでください! 心臓に悪いですから!」


 本気で怒っているアヤなのだが、その怒りはヴィルには届いておらずただ笑っているだけだ。

 その横ではエルクが苦笑しながら周囲を警戒している。


「まあ、とりあえずドロップアイテムを回収して先に進むぞ」

「……分かりましたよ!」

「……お二人とも、仲が良いんですね」


 そんな場違いな感想を口にするエルクを先頭に、アヤたちは再びダンジョンを進み始めた。

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