第21話:初めてのダンジョン②

 ヴィルのちょっかいは時々あったものの攻略は順調に進み、気がつけば三階層へ進出する階段を目の前にしていた。

 ここで立ち止まったのには理由があり、エルクがアヤを見つめながら説明を始める。


「三階層からはゴブリンやスライム以外にもモンスターが現れてきます」

「ミニパンサーとシャドウパイクですね?」

「その通りです。ミニパンサーに関しては視認できるので対応はすぐに可能ですが、シャドウパイクは違います」

「違うと言うと?」

「シャドウパイクは影から影に移動して、不意を突くことが上手いモンスターです。僕も警戒は怠りませんが、プレシアスさんも気を抜かないでくださいね」

「……は、はい!」


 これは脅しではなく、ダンジョンを攻略する者として当然の忠告である。

 ダンジョンのことを理解しているアヤにはエルクの忠告が身に染みて理解でき、大きく深呼吸をして階段を見据える。


「あまり肩ひじ張るんじゃないぞ。自然体が一番周りを見ることができるからな」

「……ヴィル先輩は普通なんですね」

「俺は何度もダンジョンに通っているからな」

「か、通うって、そんな学校みたいに言わないでくださいよ」


 ヴィルの言い回しに肩の力が抜けたアヤだったが、これはヴィルの思惑通りだった。

 そのことにエルクは気づいていたのだが、あえて口にする必要もないと黙っている。


「それじゃあ行きましょうか」


 エルクの号令に合わせて、アヤたちは三階層へと進出した。


 見た目には何も変わらない初心者のダンジョンだが、肌に感じる雰囲気は大きく変化していた。

 モンスターの姿は見えないものの、体からは自然と汗が溢れ出しアヤの背中はぐっしょりと濡れていた。

 三階層でも最初に姿を見せたモンスターはゴブリンであり、その後ろにはスライムが三匹固まっている。

 複数のモンスターと遭遇したのは今回は初めてだったこともあり、アヤは少しだけ体をこわばらせたのだがエルクは振り返り笑みを浮かべながら口を開いた。


「大丈夫ですよ。とりあえず一掃しますから」

「……一掃って、えっ?」


 安心させるための言葉だったのだろうが、アヤからすると何を言っているのだろうと疑問が浮かぶだけ。しかし、その答え合わせはすぐ目の前に現れた。


「――火の精霊サラマンダーよ、我の身を喰らいその力を示し給え」

「……え、詠唱? でも、エルク君は剣士なんじゃあ?」

「エルクは魔法も使える魔法剣士だぞ」

「そ、そうなんですか?」


 ほとんどの冒険者は魔法師なら魔法師、剣士なら剣士と専門職になることが多い。その方が実力を極めやすいからであり、パーティを組むにしても前衛後衛を選びやすいからである。

 一方の魔法剣士は前衛も後衛もできるユーティリティ性は持っているのだが、一つのことを極めた冒険者と比較して実力で劣ることが多く、パーティを組むにしても敬遠されることが多かった。


「魔を持つ者をその火で喰らい滅し給え――ブレイクフレア!」

「嘘! ちゅ、中級魔法じゃないですか!」


 エルクは発動したのは中級魔法のブレイクフレア。

 放たれた炎に触れたものを爆発させるだけではなく、着弾した地点からさらに炎を広げて周囲を焼き払う範囲殲滅魔法である。

 専門の魔法師でも中級魔法を扱えるのは少なく、そのほとんどはゴールドランク以上と言われている。

 アヤの驚きは、魔法剣士でシルバーランクのエルクが扱えることへの驚きだった。

 ブレイクフレアは目の前にいたゴブリンと三匹のスライムを捉えると、その身を爆散させて一瞬で絶命させる。

 灰にするまでもなく、モンスターがいたはずの場所には燃えカスと魔石だけが残されていた。


「……エ、エルク君のランクって、本当はもっと上じゃないの?」

「僕のランクは正真正銘のシルバーランクですよ」

「でも、中級魔法だなんて、扱える冒険者の方が少ないって聞きましたよ?」

「エルクは元々が魔法師だったからな。あいつに見出されて剣術を学び始めたんだ」

「ヴィル先輩、詳しいですね」

「エルクの師匠は知り合いだからな。話はちょこちょこ聞いているんだよ」

「エルク君のお師匠様って、どんな人なんですか?」


 シルバーランクのエルクの師匠である。アヤはゴールド以上を想像していたのだが、エルクからの答えは全く予想外の答えだった。


「師匠ですか? ……一言でいうと、変人ですね」

「……へ、変人?」

「あー、間違いない。あいつは変人だな」

「……えっ、変人ってどういうことですか?」

「説明を始めると長くなるので、とりあえず先に進みませんか? ヴィル先輩に付き合っていたら、そのうち顔を合わせることになると思うので直接見た方が早いと思いますよ」

「……はぁ」


 困惑声を漏らすアヤに苦笑を浮かべたエルクは、そのまま魔石を回収するために歩き出そうとした――その時である。


『――フシュルアアアアアアッ!』


 アヤとヴィルの背後から漆黒の体を持つシャドウパイクが姿を露わにして襲い掛かってきた。


「ひいっ!」


 目を閉じて悲鳴を上げるアヤ。

 漆黒の爪が伸びて二人へと襲い掛かる――はずだったのだが二人に届くことはなかった。

 シャドウパイクから一番離れた位置に立っていたエルクが一瞬のうちに二人を飛び越して逆にシャドウパイクを両断していたのだ。


『ブジュラアアアアアアッ!』

「……えっ?」

「さすがエルクだわ」


 目を閉じていたアヤは何が起きたのか全く分かったいなかったが、ヴィルは冷静に事の成り行きを見守っていた。

 それはエルクなら何とかするという信頼によるものだが、それ以外にも理由はある。


「……ヴィルさん、自分で何とかしてくださいよ」

「護衛はエルクだろう? 俺は単なるダンジョン管理組合の職員だよ」

「いいんですけどね。シャドウパイクに出てきてもらう必要があったわけですから」

「……ど、どういうことですか?」


 困惑しているアヤに対して口を開いたのはヴィルだった。


「俺たちは、体のいい囮にされたってことだな」

「その言い方は止めてくださいよ」

「だが、間違っちゃあいないよな?」

「……まあ、そうですけど」


 シャドウパイクを倒す方法は二種類ある。

 一つ目は潜んでいそうな影を魔法で破壊してしまう方法。

 二つ目は姿を露わにしたところを倒す方法。

 エルクが選択した方法は二つ目なのだが、シャドウパイクの性格は臆病だが狡猾。確実に倒せると思わなければ姿を隠し続けるようなモンスターである。

 そんなシャドウパイクが姿を露わにするためには、油断していると見せることが必要だった。

 あえて油断した姿を見せることもあるが、冒険者がそれをしようとしても普段の癖が出てしまい警戒心を無くすことができないことが多い。

 しかし今回はアヤという戦力外の存在がシャドウパイクの警戒心を無くすことにつながったのだ。


「す、すみません、プレシアスさん。怖い思いをさせてしまって」

「……ううん、大丈夫」

「そうなのか?」

「エルク君が必要だと思ったからそうしたんでしょ? ちゃんと守ってくれましたし」


 ヴィルの問い掛けにも笑みを浮かべながら答えていくアヤ。


「それに、なんでか分からないんだけど、大丈夫だってなんとなく思えたんですよね」


 えへへ、と笑いながら口にするアヤにヴィルは頭を掻きながら明後日の方向へ視線を向ける。

 その態度にエルクは何も言わず苦笑を浮かべ、今度こそ魔石を回収していく。


「それじゃあ先に進みましょうか。ここから先は一気に進みますね」

「そうなの?」

「シャドウパイクは不意を突くのが上手いモンスターですが、動き自体は遅いのでこちらが動き続けていれば追いつかれないんですよ」

「知らなかった」

「今回はゴブリンとスライムとの遭遇で足が止まってしまったので倒すという選択になりましたけど、可能なら一気に進んだ方が効率がいいんです」

「わ、分かったわ!」

「体力は大丈夫か?」


 心配そうに声を掛けてきたのはヴィルである。


「大丈夫です! これでも体力には自信がありますから!」


 三階層に進出してからは発汗が止まっていないアヤだが、ここで立ち止まっている方が危険なのだと自分なりに判断しての答えだった。


「……そうか。だが、無理はするなよ。それと、俺が無理だと判断したらすぐに引き返すからな」

「気をつけます!」

「……分かった。エルク、行くぞ」


 ヴィルの号令を受けて、エルクは先程よりも早足で通路を進んで行く。さらに遭遇するモンスターに対しては一瞬で肉薄し両断していく。


「……い、今までは手加減していたんですか?」

「お前に経験を積ませるためだろうな。本気のエルクなら五分と掛からずに攻略するだろうな」

「……エルク君、すご過ぎる」


 そんなことを呟きながらの道程は三階層、四階層とあっという間に攻略し、気づけば最上階である五階層に到着した。

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