第22話:初めてのダンジョン③
五階層の最深部に存在するダンジョンキーパー。
全ての冒険者がダンジョンキーパーを討伐してレアアイテムを手に入れようと躍起になっている。
ダンジョンキーパーはどのダンジョンでも非常に狡猾で凶暴であり、それは初心者のダンジョンであっても例外ではない。
もちろん高ランクのダンジョンの方がその実力も高いのだが、ダンジョンキーパーを相手にする場合は初心者のダンジョンであっても油断は許されない。
「さて、ここまで来ましたけど先まで入りますか?」
「当然だ」
「……分かりました。何かあったらよろしくお願いしますね」
「その何かが無いようにエルクに依頼したんだぞ?」
「……全力を尽くします」
「あの、初心者のダンジョンはランクFで一番攻略が簡単なダンジョンなんですよね? シルバーランクのエルク君なら問題ないんじゃないですか?」
ダンジョンについて詳しくてもダンジョンキーパーに関してはまだ詳しくないアヤの疑問に、ヴィルが説明を始めた。
「ダンジョンキーパーは凶暴だ。それだけなら力押しでいける場合もあるだろうが、そのうえで狡猾なんだ。あいつらは冒険者が一番嫌がるところを狙って攻撃してきやがるから、エルクでも油断はできないってことだな」
「一番嫌がるところですか……えっ、それってもしかして?」
「もしかしなくてもお前が狙われるだろうな」
「…………ええええええぇぇっ!」
「ちょっと、声が大きいですよ!」
「わふっ!」
エルクの慌てた声にアヤは両手で口を塞ぐ。そして小声でヴィルに詰め寄った。
「……そ、それならそうと先に言ってくださいよ!」
「だから今言ったじゃないか」
「遅すぎますよ! ここはもう最深部なんですよ!」
「そこはあれだ……エルク、よろしく頼むな」
「ぼ、僕ですか?」
突然名前を呼ばれたエルクは溜息混じりに呟いた。
「凶暴で狡猾とは言ったが、戦えるのはエルクだけだからなー」
「……分かりましたよ。それなら一気に片を付けますけどいいですか?」
「任せる」
ヴィルとエルクのやり取りは簡単な会話で終了した。
その光景を見ていて騒いでいた自分が悪いかのように思えてきたアヤだが、実際にはヴィルの説明不足なのでそんなことはない。
しかし、今のアヤはそこまで頭が回らずに深呼吸を何度も繰り返していた。
「すーはー、すーはー、すー……はー……」
「……だ、大丈夫ですか?」
「……はい、大丈夫です! 行きましょう! もうこうなったらやけですよ、やけ!」
「いや、エルクがいるから任せておけよ」
「ヴィル先輩が脅すからこうなったんですからね! 何かあったら守ってくださいよね!」
「ということなので、プレシアスさんのことはお任せしますね」
「おい、エルク!」
「それじゃあ行きましょう!」
「お、お前が先に行くなよ!」
エルクの返しに慌てたヴィルだったが、勝手に歩き出したアヤにさらに慌てて駆け出す。
その背中を本来先頭に立っていないといけないエルクが苦笑しながら見つめている。
「エルクもさっさと来い!」
「分かりました」
駆け足で二人を追い越したエルクはそのまま最深部に足を踏み入れた――直後に響いてきた大咆哮。
『――グルオオオオオオオオオオオオォォォォッ!』
アヤはまだ最深部に足を踏み入れていない。それにもかかわらず大咆哮を聞いただけで足が竦みその場から動けなくなってしまった。
「……い、今のは?」
「ダンジョンキーパーの鳴き声だな」
「な、鳴き声? 今のが?」
このまま足を踏み入れてしまえば一瞬にして殺されてしまう、アヤはそう思ってしまいこれからどうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「さっさと来い。そうじゃないと面白い場面を見逃すぞ?」
「さ、さっさと来いって言われても……あ、あれ? ヴィル先輩は動けるん、ですか?」
ダンジョンキーパーの大咆哮を聞いても平然と歩いているヴィルを見てアヤは疑問を口にする。
「あれくらいで竦んでいたらダンジョン管理組合では働けないからな」
慣れっこだと言わんばかりに振り返ったヴィルはニヤリと笑う。
その表情を見たアヤは震える足を叩き、頬を両手で力強く平手打ちして気合を入れ直した。
「……い、行けます!」
「大丈夫だな。……だがまあ、もう終わっているかもしれないけどな」
「お、終わってるって、何がですか?」
「最深部に入れば分かる」
端的に口にして歩き出したヴィルの背中に隠れながら最深部に足を踏み入れると――そこにはアヤの予想を大きく超えた光景が映し出されていた。
『……グルゥゥ』
「もう終わりですか?」
初心者のダンジョンのダンジョンキーパーは体長三メートルはあるモンスターで鬼面のオーガ。
身の丈程もある棍棒を振り回して冒険者を一掃するだけではなく、体内で炎を生み出して口から吐き出すこともできる。
本来ならばエルクと対峙しながらアヤを炎で包み込もうと画策してただろうオーガなのだが、単純な実力勝負でエルクに圧倒されてしまっていた。
エルクは最深部に入る前の言葉を有言実行していたのだ。
「やっぱり終わってたか」
「一気に片を付けるって言ったじゃないですか」
「……えっ……えっ?」
普段と変わらない声音で会話をしている二人とは違い、アヤは目の前の光景が現実なのか夢なのか分からないといった感じでぼんやりと眺めている。
そこにエルクから声が掛けられた。
「ダンジョンキーパーは凶暴で狡猾です。それは初心者のダンジョンでも変わりはありません。ですが、それでもやはりランクFなんです。自分で言うのもなんですが、シルバーランクで苦戦するわけにはいきませんからね」
「……でも、こんな簡単に?」
「初心者のダンジョンには何度も来ていますから――ヴィルさんの依頼で」
「ヴィル先輩の?」
首を傾げながら視線をヴィルへと向けるアヤ。
無言のままのヴィルなのだが、アヤの視線が全く逸らされることがないと理解したのか溜息をつきながら告白した。
「……はぁ。エルクにはあいつがいない時にこうやって護衛をお願いしているんだ」
「そういうわけで、オーガとは何度も戦っていますから攻略法も頭の中に入っているんですよ」
「……だったら――それも先に言ってくださいよ!」
アヤの怒声はヴィルだけではなくエルクにも及んでいた。
「わ、私がどれだけ緊張していたか分かりますか? 分かりませんよね!」
「いや、十分伝わったぞ」
「だったらその緊張をほぐすためにもちゃんと教えてくれてもいいじゃないですか!」
「それじゃあ面白くないじゃないか」
「お、面白いとか面白くないとか、そういう問題じゃないですよね!」
声を荒げながら詰め寄っているアヤをヴィルが軽く流している。
ここでもエルクは苦笑するしかできず、しばらくするとオーガの姿が灰となりその中から一際大きな魔石が姿を現した。
さらに魔石だけではなくレアアイテムが魔石の隣に転がっている。
「……ヴィ、ヴィルさん! これ、相当なレアアイテムですよ!」
「なんだと! アヤ、ちょっとすまん!」
「話は終わってませんよ! ヴィル先輩!」
アヤの言葉を遮るようにして声を上げたエルク。そしてヴィルはその声を聞いて突然駆け出した。
「……これ、マジかよ。初心者のダンジョンで出るものなのか?」
「……僕も初めて見ました」
「ちょっと! ……って、これなんですか?」
魔石以外のアイテムが転がっていることに今さらながら気づいたアヤは、魔石よりもきれいな輝きを放つ乳白色の楕円形の石を見つめながら呟く。
「これは、魔獣の魔核だ」
「魔核? 魔石とは違うんですか?」
「……そうだったな、アヤはまだ換金窓口には立ってなかったんだよな」
魔核を拾い上げたヴィルがアヤに講義を行おうとしたのだが――
「ヴィルさん、忘れてるかもしれませんがここはダンジョンですからね?」
「……そうだったな。とりあえず、戻るか」
「えっ、あの、魔核は?」
「帰ってからだ」
そう口にしたヴィルはさっさと最深部から戻って行く。エルクは魔石を回収するとアヤを促しながら出て行った。
帰り道はエルクが最初から全力でモンスター討伐にあたり、出てきたモンスターを一瞬で討伐してしまう。
最深部まで二〇分以上掛かっていた道のりを、帰りは五分と掛からず戻ってきてしまった。
「エルク君だけなら本当に往復五分もできそうですね」
「こいつはマジでやるぞ?」
そんな会話をアヤとヴィルがしているとは、エルクは全く気づいていないのだった。
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