第19話:転移門

 転移門へ向かう廊下では一人の冒険者が待っていた。

 金髪金眼の少年冒険者で、ヴィルを見つけると手を振って出迎えてくれた。


「待たせたな、エルク」

「いえ、僕も今着たところです」

「それと、突然ですまないな。あいつはダンジョンに行っているんだろう?」

「はい。それでヴィルさん、その方が?」

「は、初めまして。私はアヤ・プレシアスです」

「僕はエルク・ヴォーグストです、よろしくお願いします」


 アヤよりも年下のエルクは笑顔で自己紹介をしてくれた。


「あの、ヴィル先輩。護衛の冒険者って、ヴォーグストさんなんですか?」

「そうだが……なんだ、頼りないか?」

「い、いえ! そんなことは!」


 図星を言い当てられたアヤは慌てて否定の言葉を口にするが、エルクは苦笑しながら仕方がないと言った。


「僕はまだ子供ですからね。不安に思われるのも分かりますよ」

「……ご、ごめんなさい」

「安心しろ。エルクはこう見えてシルバーランクの冒険者だからな」

「シ、シルバーですか! ……えっと、失礼ですが、おいくつですか?」

「一五歳ですけど?」

「……天才ですか?」

「何でそうなるんだ? まあ、エルクに限っていえばあながち間違ってはいないかもな」

「へ、変なこと言わないでくださいよ! 師匠が凄腕なんです」

「お師匠様ですか?」


 そこでヴィルがあいつと呼んでいた存在を思い出したアヤ。

 視線をヴィルに向けたのだが、あいつについて教えてくれるわけでもなく、話はダンジョン攻略へと移っていく。


「今日はどのダンジョンに向かわれるんですか?」

「一番簡単な初心者のダンジョンだな。エルクにとってはつまらないダンジョンだろうが」

「いえ、護衛依頼はそこまで回数を重ねたわけではないので、僕も勉強になると思っています」

「そう言ってもらえると助かるよ。それじゃあ行くか」


 話をしながら歩き出したヴィルとエルク。その背中を見つめながらついて行くアヤ。

 廊下の先にある転移門がどのような物なのか、知識では知っているが実際に使ったことなどもちろんないアヤは、心構えはできたものの不安は隠せない。

 そのことに気づいたエルクは振り返り笑顔で声を掛けた。


「大丈夫ですよ。初心者のダンジョンは出てくるモンスターも弱いですし、何かあったとしても僕が守りますから」

「あ、ありがとうございます、ヴォーグストさん」

「それと、僕のことは呼び捨てでいいですよ。プレシアスさんの方が年上でしょうし」

「……そ、それじゃあ、エルク、君?」

「気安く呼び過ぎだろ」

「だ、だって!」

「あはは! それでいいですよ。改めて、よろしくお願いしますね、プレシアスさん」

「……よろしく、エルク君」


 リラックスすることができたアヤは笑顔を浮かべ、その笑顔にエルクも笑い返す。

 ヴィルだけが溜息をついていたのだが、内心ではホッとしていた。

 ダンジョンに連れて行くと言ったものの、本当に護衛を頼みたかったあいつが不在だったことで今日の予定を変更しようかどうか迷っていた。

 そこに通りかかったエルクが声を掛けてくれたことで予定通りダンジョン攻略を決行したのだが、少年のエルクを見てアヤの不安が増すのではないかと心配していたのだ。

 だが、そこはエルクが上手くフォローしてくれた。

 本来であればヴィルが担うべき役割なのだが、口下手な悪いところが出てしまった。


「……こんなところ、あいつには見せられないな」

「ヴィル先輩、何か言いましたか?」

「何でもない。ほら、着いたぞ。ここが転移門がある別館だ」


 話を終わらせたヴィルが示した先には大きな扉がある。そこにダンジョン管理組合に登録されているダンジョンへ一瞬で移動することができる転移門が存在する。

 超硬質な素材であるアダマンタイトで作られた扉で厳重に守られている転移門は、誰でも使えるわけではない。

 ダンジョン管理組合で入場許可証を発行しなければ扉の先に進むことができないのだ。


「……な、なんだかすごい雰囲気の場所ですね」

「そうですか? 僕はもう慣れちゃいましたけど、今の雰囲気は確かにすごいと言えるかも」

「普段は冒険者で溢れかえっている場所だからな」


 今はまだ営業開始前の時間であり、冒険者が誰もいない。

 誰もいない別館は、今の職員しか見ることのできない特別な空間なのだ。


「まあ、数ヶ月後には夜も開けることになるから」

「そうなんですか?」

「……レイズ支部の営業を開始する一番最初に言っていたんだがなぁ」

「……す、すみません」


 俯きながら謝るアヤを見てヴィルは溜息をつき、エルクは苦笑している。


「……ダンジョン管理組合の窓口は一日中開いているところがほとんどだ。レイズ支部はできたばかりだし冒険者の数もまだ少ないから時間を決めているが、ゆくゆくは一日中開ける予定だな」

「確かヴィルさんは本部で夜勤を担当していたんですよね?」

「……シフトで勝手に夜勤も組み込まれただけだ。別に夜勤担当ってわけじゃない」

「そうだったんですか? 師匠が言うには夜勤で色々とやらかしていたって――」

「んなわけあるか! あの野郎、弟子にどんなほらを吹き込んでやがる!」


 突然の怒鳴り声にビクッとしたアヤだったが、エルクが口にした色々なことが気になって仕方がなかった。


「……エ、エルク君、ヴィル先輩は何をしたの?」

「興味を持ってんじゃねえよ! ってか何もしてないからな! ほら、さっさと行くぞ!」

「あはは、分かりました」

「エルクも笑ってんじゃねえよ!」


 大股で歩き出したヴィルが入場許可証を扉の前にある水晶にかざすと、扉が自動的に開いていく。

 完全に開かれた扉から奥に進んで行くヴィルを追いかけてアヤとエルクも進んで行くと、その先には大きな門があり地面に魔法陣が描かれた空間が存在していた。


「……これが、転移門」


 近くで見ると、地面に描かれている魔法陣と似た模様が大きな門の表面にもびっしりと彫り込まれている。

 これだけの門を作り上げるだけでも相当な時間と労力が必要となるだろう。そのことに気がついたアヤは右手で門を撫でながらすごさを実感し、自分の仕事に対して改めて誇りを持つことができた。


「……行くぞ」

「……はい」


 ヴィルの言葉に門から手を放したアヤは、すでに魔法陣の内側へ移動していた二人を追いかけて隣に並ぶ。

 その表情には先ほどまで浮かんでいた僅かな不安も感じられず、ヴィルは誰にも見えないところで笑みを浮かべていた。


「魔法陣起動」


 ヴィルがそう口にすると、地面の魔法陣と転移門から白い光がゆっくりと浮かび上がり、最後には部屋全体を白く染める光が放たれると――三人の姿はどこにもなかった。

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