第6話:独り言
湯船につかりながら今日覚えたダンジョンについてを復唱しているアヤ。
持ち出し厳禁の資料なので覚えたことを復唱することでしか自宅での勉強ができなかった。
「……はぁぁ。まだまだ時間が掛かりそうだなぁ」
机に置かれた資料の山を思い出しながら視線を天井へと向ける。
冒険者登録窓口は上手くできたものの業務はそれだけではない。むしろそれ以外の業務の方が断然多いのだ。
早く覚えて他の職員を助けるために次の業務へ進まなければならない。
「……よし! 明日も頑張るんだからね!」
自分自身へ言い聞かせるように口にした直後にふと思い出された個室での出来事。
他の職員の前では見せない表情を見せてくれるヴィルの初めて見た笑い顔。
普段見ている表情とも異なる素の笑い顔を思い出して、アヤは何故だか紅潮する自分に気づき顔を湯船に沈めた。
ボコボコと気泡が水面に浮かんでは消えていく。
「…………ぷはあっ!」
誰にも聞こえない水の中で大声を出したアヤは膝を抱えて視線を水面に向ける。
「……何なんだろう」
自分の気持ちが何であるのか分からずに困惑してしまう。
「……ダメだダメ! こんな気持ちじゃ明日は迷惑を掛けちゃうよ! 頑張れ私、ダンジョンについて覚えるんだからね!」
両手を上げて気合を入れ直したアヤはすぐに湯船から上がり体を拭いていく。
寝巻に着替えてからベッドに勢いよく飛び込んだ。
「あー、疲れたよー。明日は頑張る……でも今日はもう……限界…………」
疲れがどっと出てきたアヤは、そのまま深い眠りへと落ちていった。
※※※※
椅子に座り自宅でもコーヒーを飲みくつろいでいるヴィル。
コーヒーを飲みながら今日一日を振り返るのがヴィルの日課である。
問題児とされているアヤが冒険者登録窓口をそつなくこなしてくれたことに満足しているのだが、それで終わりではないこともよく知っている。
褒めるだけではなく課題を与えることでさらに前進してほしいと思っていた。
「……だが、今日はやり過ぎたかもなぁ」
予想よりも多くの資料を読み込んでいたアヤを見て、無理をしているんじゃないかと心配なっていたのだ。
「これじゃあ、エルに人のことを言えないな」
エルフィンからは顔に出ないと言われているヴィルだが、実際に無理をしているつもりはない。単純に面倒くさいと思うことはあるが。
「アヤが他の奴らに認められるようになるまでは、注意が必要かもな」
レイズ支部にいた時から考えていたリューネとの関係改善。
アヤは何とも思っていないだろう、むしろ仲良くなりたいと思っているはずだ。
何故リューネがあれほどまでにアヤのことを嫌っているのか。
「……それこそ認められれば問題はないかもしれないな」
ヴィルはアヤを助けてほしいと言った時のリューネの発言を思い出していた。
『――物覚えの悪いたった一人のせいで自分の仕事が詰まるようでは時間の無駄です』
ならば一人で仕事ができるようにしてしまえば問題は無くなるはずだと考えた。
「……前言撤回、明日もこのまま進めるか」
アヤの知らないところで密かにそのような決意を口にしたヴィルなのだった。
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