第11話:独り言2

 帰宅したアヤはご飯を食べる気力もなく簡単に体を洗い流すとそのままベッドに飛び込んでいた。

 頭の中では今日読み込んだ資料を反復しようと試みているのだが――


(ああああぁぁっ! どうしてヴィル先輩の寝顔ばっかり浮かんでくるのよおおおおぉぉっ!)


 アヤの頭の中ではヴィルの寝顔が何度も何度も再生されるばかりで資料のことなんて一切浮かんでこないのだ。

 こんなことは生まれてから今日まで一度としてなかった。

 この感情が何なのか、アヤは何となく気づいてはいるものの心の奥で蓋をしようとしている。


(い、今はダメよ! 仕事で精一杯だし、第一仕事ができなくなったらレイズ支部にいられないもの!)


 自分が一番仕事ができていないことは自分が一番よく知っている。

 ここでこの感情に溺れてしまったらいつの日か見限られてしまうだろう。


「よ、よし! 頭の中で反復しようとするから変なことを考えてしまうんだわ! 口に出して覚えようとしたらきっと大丈夫よ!」


 自らに言い聞かせるようにしてベッドから立ち上がると、部屋の中をうろうろしながらダンジョンの情報についてぶつぶつと呟き出した。


「水のダンジョン……ランクF……地下洞窟タイプ……七階層……水辺の近くは要注意……」


 この日、アヤの部屋の明かりは夜遅くまで点っていた。


 ※※※※


「……寝れん」


 ベッドに潜り込んで寝直そうとしていたヴィルだったが、事務所で一眠りしてしまったせいかなかなか寝付けないでいた。

 何度も何度も寝返りを打ちながら態勢を変えてみても眠れない。

 最終的には天上を見つめながらボーっとしてみたものの眠気は一向にやってくることはなかった。


「……水でも飲むか」


 気分を変えるためにもベッドから抜け出して保冷庫から冷えた水をグラスに注ぎ一気に飲み干した。


「……ふぅ。これで寝れる……わけもないか」


 眠気は一向にやってこない。

 ヴィルは窓の横まで移動して空を見上げる。

 すでに夜も深くほとんどの家から光が消えている。見上げた先には光り輝く星々が連なっていた。


「王都では、こんな綺麗な空は見れないだろうな」


 ダンジョン管理組合の本部が置かれている王都では夜も煌々と光が点り、多くの人をもてなしている。

 酒場もあれば賭博場もあり、色町だってある。さらに本部の窓口は一日中開いており、夜遅くからダンジョンに向かう冒険者までいるくらいだ。

 ヴィルも深夜勤務のシフトの時には酔った冒険者の相手で大変な目に遭ったものだ。


「……今となっては懐かしい気もするな。まあ、レイズ支部が落ち着けば俺もエルも王都に戻ることになるから、ここでの生活は良い息抜きになるかもしれないか」


 視線が空から徐々に下へと降りていくと、遠くの家から明かりが漏れているのが見えた。


「こんな時間に起きている奴もいるんだな……まあ、人のことは言えないか」


 そこの家が誰の家なのかヴィルは知らない。特に気にもしていない。

 何でもないことを考えていたからか、ヴィルは一つあくびをして再びベッドに潜り込んだ。


「……ふぁ……うん、寝れそうだ」


 目を閉じてしばらくすると、ヴィルは静かに寝息を立てていた。

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