第12話:徹夜をした結果
翌朝――アヤとヴィルは揃って遅刻してしまった。
二人とも一番か二番には出勤してくるのでエルフィンは驚いていたのだが、他の職員――特に女性――からは嫉妬の視線が集まっていた。
「すまん、エル」
「たまにはこういうこともありますよ。しかし本当に珍しいですね」
「あの、私が夜遅くまで勉強をしていたせいでヴィル先輩を付き合わせてしまったんです」
「いや、俺は仮眠を取っていたから――」
「本当にすみませんでした!」
ヴィルの言葉を遮り頭を下げたアヤ。
嫉妬の視線は徐々に薄まり、次第にヴィルが可哀想だという同情の視線へと変わっていく。
「……分かりました。次からは気をつけて下さいね」
「エル! お前――」
「はい、気をつけます」
「アヤまで――」
アヤとエルフィンの間でポンポンと話が進み置いてけぼりをくらうヴィルは、ここでようやく二人の意図に気がついた。
しかし、それはアヤの評判が悪くなる意図であり、ヴィルはそれを許容できるものではなかった。
「……エル、後でちょっといいか?」
「もちろんです。アヤさんもいいですね?」
「……はい」
朝礼は滞りなく終わり、三人はアヤが勉強をしていた個室へと移動した。そこで――
「エル! 何であの場でアヤを晒しものにしたんだ!」
「落ち着いてください先輩! あの場ではああする方がよかったんです!」
「いいわけないだろう! お前、ただでさえ評判が悪いのにさらに落とすつもりかよ!」
「アヤさんの言う通りですよ。一度落ち着いてください、ヴィル」
二人に説得されたヴィルは納得していないものの、このままでは話が進まないことも理解しているので口を閉じてドカッと椅子に座り込んだ。
「……アヤだけじゃなく俺も遅刻したんだぞ」
「それは分かっています。たまのミスなら誰にでもありますからね」
「だったら――」
「たまたまヴィルとアヤさんが同時に遅刻ですからね。ヴィル、鈍感なあなたは気づいていないかもしれませんが、あなたは人気があるんですよ?」
「……はあ? お前、いきなり何を言っているんだ?」
「えっ? ヴィル先輩、本当に気づいていないんですか?」
「……何に?」
ヴィルの反応を見た二人は顔を見合わせると自然と溜息をついてしまった。
「お、お前ら!」
「いいですかヴィル。あなたは顔も良いですし身長も高い。さらに本部から出向している身で、いわばエリートです。そんな人が地方の支部で人気が出ないわけがないでしょう」
「そ、それを言うならエルだってそうだろうが!」
「私は自覚していますよ。そして自覚しているからこそ女性への対応にも気を遣っています」
「……そうだったのか?」
「女性同士のいざこざが、一番問題になりやすいですからね」
「それは偏見ですよ、支部長」
「おっと失礼」
女性からの意見にエルフィンは失言を認めて謝罪する。
しかしアヤも女性からの視線には気づいていたのでそれ以上は口にしなかった。
「……お、俺はそんなこと知らんぞ?」
「だから鈍感だと言ったんですよ。言っておきますが、あなたを色目で見ていない数少ない職員の一人がアヤさんなんですからね?」
「ふえっ!」
「どうしたのですか?」
突然の確信を抉るような言葉にアヤは変な声を上げてしまい、エルフィンが首を傾げている。
ヴィルはというときょとんとした表情をしており、普段からはあまり見られない表情だった。
「な、なんでもありません!」
「……まあ、そういうことですから、あの場では女性職員がアヤさんを蔑ろにするような行動を取ることを避けるためにあえてああするしかなかったんです」
「しかしだなぁ……」
「ではヴィルは、あの場で何もせずにアヤさんの立場が悪くなるのをただ黙って見ておけばよかったと言うのですか?」
「そんなわけないだろう!」
「でしたらこうするしかありません。幸いにもアヤさんは仕事ができないと思われてしまっているので、ここで仕事ができると見せつけてあげれば評価はまた変わるでしょう」
「……そんな簡単に変わるもんでもないだろう」
「少なくとも、あなたが残って教えたから仕事ができるようになった、と言われるようになれば嫉妬の視線は少なくなると思いませんか?」
「わ、私、頑張ります! それでヴィル先輩の評価をバンバン上げちゃいましょう!」
「いや、俺の評価を上げるんじゃなくてお前の評価を上げろよ」
少しずつだがヴィルも冷静になれたのだろう、アヤの発言にツッコミを入れるくらいの余裕は出てきていた。
「ところで、アヤさんはこちらの資料をもう全て読んだのですか?」
話題を変えようとエルフィンは机の上に積まれている資料の山に視線を向けた。
「はい。昨日の内で全て読み終わりたいと思っていたので」
「それで、覚えられそうですか?」
「まだ一回しか読めていないので自身はありませんが……たぶん、大丈夫だと思います」
「普通はこの量を二日で読み終わるとか、あり得ないんだがなぁ」
ぼそりと呟いたヴィルの言葉に、アヤは首を傾げている。
「そうですか? でも、皆さんはもっとたくさんの資料を読んでいるんですよね?」
「何日もかけてな」
「……はぁ」
ヴィルが言いたいことに気づかないアヤを見て、エルフィンは鈍感が二人いると内心で苦笑していた。
「まあ、アヤさんがすでに資料を暗記しているのなら話は早い。ヴィルはテストを行い、その結果問題がなさそうなら今日はダンジョン窓口に立ってもらいましょう」
「今日! いきなりですか!」
慌てふためいたのはアヤである。
一度読んだだけの資料を完璧に暗記できているかという自信はまだなく、もう一度か二度は読み込みたいと思っていた。
「ここで結果を出せば、他の皆さんもアヤさんのことを認めてくれますよ」
「冒険者登録窓口でも問題なくできたんだ、大丈夫だろう」
「そ、そんな簡単に言わないでくださいよー!」
完全に普段の調子を取り戻したヴィルにその場を任せてエルフィンは個室を後にする。
そして、アヤはここ最近はなかったヴィルのテストを受けることになった。
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