第44話:エルフィンとアルバ
先に事務所へ戻ってきたエルフィンとアルバは入場許可証を発行する端末を操作している。
ヴィルの指示通りにレイズ支部が稼働していない深夜の時間帯で転移門を使用した冒険者を探るためだ。
そして、その冒険者はすぐに見つかった。
「こっちの端末では二名見つかりました」
「こちらでは一名います」
「ということは、合計で三名の冒険者が関わっているということですか」
端末から顔を上げたエルフィンは腕組みをしながら三名の冒険者の名前とランクを見つめている。
「エドニア・ブルックス、ギャレット・ザライアス、サポダ・ボズ。ギャレットとサポダはアイアンだが、エドニアはシルバーですか」
「シルバーランクということは、ヴォーグスト様と同じランクですね」
腕組みをするアルバは厳しい表情なのだが、ランクを見たエルフィンは笑みを浮かべている。
「……どうしたんですか?」
「いえ、シルバーですがエドニアは長年シルバーで止まっている冒険者です。ということは、それ以上の実力を有してはいないということです」
「ですが、シルバーですよ?」
「たかがシルバーです。エルク君のように成長過程にある冒険者なら実際はゴールドやプラチナ相当の実力を持っている場合もありますが、エドニアは完全にシルバー止まりの冒険者ということ。であれば、処分してしまっても問題はないのですよ」
「処分、ですか……」
「どうしました、アルバさん?」
相手が犯罪者であり、自分の知り合いが被害に遭ったとしても、処分という言葉を素直に受け入れることがアルバにはできなかった。
しかし、エルフィンの決定は変わらない。
「彼らを野放しにしてしまえば、同じようなことが起こる可能性が高くなるのですよ」
「……そう、ですね」
「……アルバさん、私はあなたにレイズ支部を任せるつもりでいます」
「……えっ?」
エルフィンから告げられた突然の言葉に、アルバは何を言われたのかすぐには理解できなかった。
それでもエルフィンは構わず言葉を続けていく。
「私とヴィルは、あくまでも本部から出向という形でレイズ支部に出向いています。人が育ち、レイズ支部が軌道に乗れば、私たちはここを離れるでしょう」
「……はい」
「その時に誰を支部長として据えるのかを考えた時に、私はアルバさんが適任だと思っています」
「僕が、ですか?」
「そうです、あなたがです。ですから、私がどのように決定を下し、どのように行動するのかをしっかりと見ていてほしいのです。ですから――これくらいで怖気づいてもらっては困るのです」
最後の言葉だけはいつものエルフィンとは異なり、低く、重い声音で告げられた。
ゴクリと唾を飲み込んだアルバは、いまだ困惑した表情のままだがエルフィンの目を見ながら口を開く。
「……僕には、分かりません。すぐに答えを出すことはできません」
「そうだろうね」
「……でも、支部長の意思を継ぎ、レイズ支部を良くしたいとは思っています」
「その言葉を聞けただけでも私は満足です。では、見ていていくださいね」
「は、はい!」
そして、エルフィンは三名の冒険者証にアクセスすると取れる手段をこれでもかと行使し始めた。
※※※※
翌日、エルフィンとアルバは休みを貰っていた。
ヴィルも承知のことであり、むしろ好きに暴れて来いとエルフィンの背中を叩いていたほどだ。
「あ、暴れるだなんて、ヴィルさんも怖いことを言いますね」
苦笑しながら呟かれたアルバの言葉だったが、エルフィンは肯定も否定もしなかった。
それはヴィルの言葉が間違いではないということ。場合によっては、暴れることも仕方がないと思っていた。
二人がやって来た場所はレイズから馬を一時間ほど走らせた森の中にある一軒の小屋。
何も知らない者が探そうとしても数時間は掛かるだろう場所に建てられていた小屋なのだが、二人は一度も立ち止まることなく真っすぐに小屋へと到着していた。
馬を降りたエルフィンがレイズ支部では出したことのないくらい大きな声で宣告した。
「出てきなさい! エドニア・ブルックス、ギャレット・ザライアス、サポダ・ボズ! 三名の罪人よ!」
宣告が終わりしばらくして、小屋のドアがゆっくりと開かれた。
「……なんだ、レイズ支部の支部長殿じゃないか。どうしてここが分かったんだ?」
「あなた方に発行している冒険者証。あれは、問題児に限りその居場所を管理組合の端末で追うことができるのですよ」
「ちっ! そんな機能が付いているだなんて、聞いてねえぞ!」
「言っていませんからね」
ニコリと微笑みながらエドニアに事実を告げているエルフィン。
舌打ちをしたエドニアだったが、他の二人はそうではなかった。
「護衛は……ひひっ、いないみたいだな!」
「ずいぶんとふざけた真似をしてくれるんだなぁ」
「……殺すか」
大剣を背負うエドニア、猫背で短剣を持つギャレット、手甲をはめた筋肉質のサポダ。
三人はエルフィンとアルバを囲むようにしてギャレットとサポダが左右に歩き出す。
ギャレットが言うように護衛はいない。このまま襲い掛かられれば自衛の手段はないだろう。
「自首しなさい。であれば、処分は軽減して差し上げましょう」
「自首だと? 支部長殿はこの状況が分かっていないようだな」
「俺たちがあんたらを逃がすとでも思っているのか? ひひっ!」
「その柔な頭、握り潰してくれよう」
先に駆け出してきたのはギャレット。
地面すれすれまで低くした姿勢からの肉薄は、アルバを狙っていた。
「ひっ!」
「大丈夫ですよ――ウォール」
「何が大丈——ぶふっ!」
エルフィンが無詠唱魔法を発動すると、アルバとギャレットの間に半透明の魔力の壁が顕現した。
全力で駆け出していたギャレットは止まることができずに顔面からウォールに激突して変な声が漏れ出していた。
「む、無詠唱だと!?」
「ひいっ! こいつ、ただの支部長じゃねえのかよ!」
「ならば、これでどうだ!」
悲鳴をあげながら後退したギャレットと入れ替わるようにしてサポダが迫ってきた。
手甲に魔力を纏わせた一撃は、それだけで岩を砕くことのできる強烈な一撃となるが――
「魔力操作が甘いですね――ロストマジック」
「何を言って――があっ!」
魔力を霧散、または爆発させることができるロストマジック。
霧散は爆発かは使用者が任意で決めることができるのだが、今回はウォールで守られていることもありサポダの手甲に纏わせていた魔力は爆発していた。
「う、腕、腕がああああああっ!」
「サポダ! て、てめええええっ!」
「うるさいですね――アースウォーター」
「絶対に殺——ずうわあっ!」
サポダが立っていた地面だけがまるで水のように柔らかくなると、そのまま地面に下半身が飲み込まれてしまう。
這い出そうと腕を付くが、そこも沈み込んでしまい出ることができない。
そして、下半身と両腕が地面に埋もれたまま固さが元に戻ってしまった。
「う、動けねえよおっ! エ、エドニアさん!」
「がああっ、エドニア、さん!」
サポダ、ギャレットと一瞬のうちに無力にしてしまったエルフィンにアルバは驚いていたが、シルバーランクのエドニアは冷静に睨みを利かせながら大剣を抜き放つ。
「……甘く見ていたよ、支部長殿」
「このまま甘く見ていただいた方が楽だったんですがね」
「シルバーランクの実力、見せてやるよおっ!」
大剣に魔力が纏わりつく。
サポダが見せたのと同じで威力を高める魔力操作。
「全く、同じことの繰り返しでつまらないですね」
「言ってろよ! サポダと同じだと思うんじゃねえぞおおおおおおっ!」
「あなた、先ほどの戦闘を見ていなかったんですか? ——ロストマジック」
「はっはあっ! 俺にはこれがあるんだよお!」
「あ、あれは!」
自信満々に左腕を突き出してきたエドニア。
その腕には黒い宝玉が嵌め込まれた腕輪があり、エルフィンの魔法に反応して暗い光を放ち始めた。
「こいつは、装備者に悪意ある魔力に反応して無効化するレアアイテムだ! その邪魔な魔法、無力化してや――」
「黙れ」
――ボンッ!
「ぐがああああああああっ!」
エドニアの思惑とは異なり大剣の魔力だけではなく、腕輪までもがロストマジックによって爆発したのだ。
粉々に砕けた大剣、皮膚が焼け爛れて焦げた臭いが鼻を突く。
「おや? 相当な魔力を吸っていたようですね、その腕輪は」
「て、てめえ、絶対にぶち殺してやる!」
「できると思いますか? あなた方に、たかがシルバーランクに?」
ここに来て初めてエルフィンの表情が変わった。
たったひと睨みだが、その睨みがエドニアに恐怖を与え動けなくしてしまう。
たかがシルバーランクと言えるだけの実力を、エルフィンは持っていた。
「……さて、自首しますか? それとも、このまま戦いますか? 戦うのならば、今以上の激痛が皆さんを――」
「「「じ、自首します! だから助けてください!」」」
「……へっ?」
情けない声をあげて自首を懇願してきた三人に、アルバは口を開けたまま固まってしまった。
「……なんだ、つまらないですね。久しぶりに暴れられると思ったのですが」
「……ヴィ、ヴィルさんの言っていたことって、本当だったんだ」
こうして、フロリナに協力していた冒険者の確保に成功したエルフィンとアルバだった。
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