第8話:食堂

 レイズという都市はまあまあ大きく、まあまあ人口も多い都市である。

 王都や大都市に比べれば小さい部類に入るのだが、サーランディア大陸の都市で比較すると中間にあたるだろう。

 それ故に食堂も選べるほどにはあるのだが、ヴィルはレイズに来てから贔屓にしている食堂へアヤを案内した。


「昼休憩の時はほとんどここに来ているんだ」

「あっ! ここってモラさんの食堂じゃないですか!」

「ここの人たちにも評判なのか?」

「そうですよ! 私も自炊が面倒だなーって時にはよく利用しているんです!」


 嬉しそうに口にするアヤに笑みを浮かべながら、ヴィルは食堂の扉を潜った。


「いらっしゃい! おや、バレーロさんじゃないか。後ろにいるのは……アヤちゃん?」

「お久しぶりです、モラさん!」

「おやおやまあまあ、これはこれは?」

「違いますからね。単に食事をしに来ただけですから」


 モラの反応を見て釘を刺しにいくヴィル。アヤは何のことだか分からずに首を傾げていた。


「ふふっ、そういうことにしておこうかね」

「そうなんですよ」

「はいはい。それで、今日は何を頼むんだい?」


 笑いながら注文を聞いてきたので早速頼むことにした。


「俺はスタミナ定食」

「私は季節の野菜定食で」

「あいよ! 好きなところに座って待っててね!」


 お昼を少し回った時間帯、食堂内はやや混雑していたものの座れないということはなかった。

 二人掛けの机を見つけて対面で座るとダンジョン窓口についての話になった。


「昨日で二割、今日は午前中だけで半分まで読むって、本当に大丈夫なんだな?」

「大丈夫です! これでも頑丈にできてるんですから!」


 力こぶを見せるように腕を曲げながらえへへと笑うアヤ。

 それが強がりに見えるヴィルの表情はまだ心配そうだ。


「ほ、本当に大丈夫ですってば! 私だって疲れた時は疲れたって言いますから!」

「……ならいいんだが」


 必至に説得されてしまい仕方なく頷いたヴィルだったが、内心では気をつけなければと思っている。

 そのことにアヤも気づいているのでもっと大丈夫なのだと見せつけなればと勝手に思い込んでしまった。


「お待たせ! スタミナ定食と季節の野菜定食だよ!」

「ありがとうございます」

「いただきます!」


 モラが定食と冷えた水を入れたグラスを机に並べるとヴィルがお礼を口にする一方で、アヤはここぞとばかりに食べ始めた。

 大丈夫だと見せつける方法が、まさかの大食いアピールだったとは誰にも予想できなかった。


「ゆっくり食べろ!」

「いふぇ、ふぉんとうにだいひょうぶなので!」


 口に料理を含みながら返事をするアヤ。

 ヴィルは顔を手で覆いながら溜息をつく。


「……分かったから、大丈夫だって信じるから、だからゆっくり食べろ」

「……ふぉんとうでふか?」

「本当だから、行儀が悪すぎる」

「……ふいまふぇん」


 アヤは謝りながら水を口いっぱいに注ぎ込み一気に飲み込んだ。


「……ぷはあっ!」

「お前、バカなのか?」

「バ、バカとはなんですか、バカとは!」

「いや、考えたら分かるだろう。そんなことをして大丈夫だと普通は思わないぞ」

「ぐぬっ! ……そ、それじゃあ、さっきの言葉は嘘なんですか?」


 ヴィルはアヤのことを信じるとはっきりと口にしている。その言葉が嘘だったのかと聞いてきた。


「嘘じゃない。まあ、疲れたら疲れたと本当に言うなら信じてやるよ」

「ちゃんと言います! 体調管理は社会人として当然のことなので!」


 笑顔でそう口にするアヤを見て、ヴィルは苦笑しながら自分も食事を進めることにした。


「……おっ! やはりここの料理は美味いな」

「ですよね! モラさんの料理はレイズ一番ですよ!」

「それなのに庶民的な価格で食べられる」

「最高の食堂ですね」


 その後からは二人とも食事を優先して話が止まってしまう。まだまだ時間はあるものの休憩時間は有限なのだ。

 アヤよりも後から食べ始めたヴィルだったが、肉たっぷりのスタミナ定食を先に食べ終わってしまう。

 驚いたアヤは急いで食べようとしたのだが――


「まだ時間はある、ゆっくり味わえ」


 そう釘を刺されてしまったので、言われた通りにゆっくりと味わうことにした。

 赤や黄や緑といった彩鮮やかな季節の野菜定食に舌鼓を打っている姿を見ながら水を飲んでいるヴィル。

 何故自分はアヤのことが気になっているのか、そんなことを考えていると突然顔を上げてきたので目が合ってしまう。


「どうしました?」

「……いや、なんでもない」


 首を傾げながらも食事を再開させたアヤ。

 ヴィルは平静を装っているものの内心ではドキドキしていた。

 視線を食堂内に移して眺めていると、今度はモラと目が合ってしまった――それも、ニヤニヤしているモラと。


「……はぁ」


 最終的に下を向きながら頭を掻くヴィルを見て、アヤはますます首を傾げるのだった。

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