第17話:ダンジョン攻略に行ってみよう

 騒動から数日が経ち、結局フロリナは戻ってこなかった。

 エルフィンも切る覚悟は持っていたのでその日の朝礼で解雇を職員へ伝えている。

 フロリナと仲良くしていた職員はアヤを睨みつけていたものの、出来損ないだと思っていた相手がバリバリに働いている姿を目にしているので何も言えずにいた。


「それでは今日もよろしくお願いします」


 朝礼が終わりそれぞれの仕事に就く。

 アヤも冒険者登録窓口に行こうとしたのだが――


「アヤ、ちょっと来い」

「は、はい!」


 声を掛けられたのでヴィルのところへ小走りで近づく。


「どうしましたか?」

「今日はダンジョンへ行くぞ」

「……へっ?」


 そしてあまりにも予想外の言葉に素っ頓狂な声を出してしまう。


「まずは準備からだ。ついて来い」

「えっ、いや、その、私がダンジョンに行くんですか?」

「当然だろう。ダンジョン管理組合とはどういう組合だ?」

「えっと、世界各地にあるダンジョンの管理、そして新しいダンジョンを発見し攻略することです」

「というわけで、攻略に行くぞ」

「そんないきなり過ぎますよ!」


 淡々と口にするヴィルに対してアヤは反論する。


「俺たちは冒険者と共にダンジョンに行くこともある。窓口や事務業務だけじゃないんだぞ?」

「そ、そうですけど、さすがに今日いきなりというのは……その、心の準備というものがありますよ!」


 ダンジョンには危険が付き物、その考えはダンジョン管理組合の人間なら誰もが分かることである。それが新人職員ならば尚更緊張してしまうだろう。

 いきなり行くぞと言われてもすぐには決断できなかった。


「……三〇分やるからその間に気持ちを落ち着けろ」

「だからなんで今日なんですか!」

「早い方がいいに決まっているからな」


 実際には別の理由があるのだが、今ここでそれを話すとアヤの立場がさらに悪くなるので別の理由を口にする。


「いいか、三〇分だ。俺はその間に護衛についてくれる冒険者を探しておくからな」

「そ、そんなあっ!」


 言うだけ言ったヴィルはさっさとその場を離れてレイズ支部を出てしまった。

 取り残されたアヤはどうしたらいいのか分からず途方に暮れていると――後ろから優しい声音で声を掛けられた。


「ヴィルに無茶ぶりをされたようですね」

「……し、支部長ー!」


 柔和な表情のエルフィンにアヤは泣きそうな表情を向けていた。


「彼はあなたに期待していますからね。そんなに嫌がらないでくださいね」

「で、ですけど、いきなりダンジョンはちょっと……」

「大丈夫ですよ。攻略とは言っていましたが、これは新人にダンジョンを経験させる恒例行事みたいなものですから」

「……そ、そうなんですか?」


 恒例行事と聞いたアヤは首を傾げている。


「全員ではありませんが、多くの職員が一度はダンジョンへ行っているのですよ」

「えっ! ……全然気がつきませんでした」

「エリオンさんやギャレルさんも行っていますよ」

「リューネさんに、アルバ君も行ってるんですね」

「どなたかにダンジョンについて聞いてみたらどうですか?」


 リューネとはいまだ仲直りができているとは言い難い。ならばアルバしか選択肢は残されない。


「……ア、アルバ君に聞いてみます」

「その方がいいでしょうね」


 少しだけほっとした表情を浮かべたアヤは、エルフィンにお辞儀をしてそのままダンジョン窓口へと足を運んだ。


 ダンジョン窓口には準備を始めていたアルバの姿があった。


「アルバ君!」

「あれ、どうしたんですかアヤさん。今日はこちらですか?」

「ちょっとアルバ君に話があって」

「話ですか?」


 アヤがダンジョンについて聞こうとした時だった――


「あんた、アルバの手を止めさせないでよね」

「あんたのせいでフロリナさんは辞めちゃったんだからね」

「仕事の邪魔しないでよ。ただでさえ人が減ったんだから」


 アルバ以外のダンジョン窓口に立つ職員から待ったが掛かった。

 フロリナは下位のダンジョン窓口のリーダー的存在だった。

 だからだろう、性格はさておき多くの職員から信頼されており頼りにされていたのだ。

 そんな人物が退職に追い込まれたとなれば、その元凶であるアヤに対する当たりが強くなるのも致し方ないだろう。


「皆さん、僕は大丈夫ですから」

「そういう問題じゃないのよ、アルバ」

「こんな奴と話をするなって言っているの」

「邪魔なの、さっさとどっか行ってよね」

「あの、その、えっと……」


 アヤとアルバの間に立ちふさがった三人の女性職員。

 ぎろりと睨まれてはアヤもどうしようもできず、アルバも下位ダンジョン窓口を担当する中では最年少ということで強くは言えず、結果としてダンジョンについての話をすることはできずに離されてしまった。


「……ど、どうしよう」


 このままでは心の準備もできずにダンジョンへと向かうことになってしまう。

 再び途方に暮れることになったアヤだったが、そこに別の人物から声が掛けられた。


「――あなた、何をしているの?」

「……リュ、リューネさ~ん!」


 半泣き状態で振り向いた先にいたリューネに、アヤはすがる思いで近づいていく。


「ちょっと、本当に何なのよ!」

「じ、実は、ヴィル先輩に無茶ぶりされていきなりダンジョンに行くことになったんですよ!」

「あら、よかったじゃない」

「よくありませんよ! い、いきなりダンジョンだなんて、心の準備が!」

「……なるほど、そういうことね」


 何かを察したかのようにアヤのことをじーっと見つめるリューネ。

 いきなり見つめられたアヤはどうしたらいいのか分からず困惑顔である。


「……ちょっとこっちに来なさい」

「えっ、あの、リューネさん?」

「パーラ! そっちの準備をお願いしてもいいかしら?」

「あっ、はーい!」


 突然腕を引かれて向かった先は、いつもヴィルに仕事を教えてもらっている個室だった。

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