第15話:いざこざの果てに
――一八時になり入口に鍵が掛けられた。
多くの職員が首や肩を回して疲れをほぐそうとしている中、アヤは受付に突っ伏してやり切った感を出していた。
「……つ、疲れたー」
「アヤさんすごいじゃないですか! 初めてでこんな普通に仕事ができるなんて!」
「あ、ありがとう、アルバ君。でも、必死過ぎてあまり覚えてないよー」
「これくらいで疲れているようじゃあ、まだまだだな」
「……ヴィルさん、厳しいですね」
「まだ冒険者登録窓口と下位ランクのダンジョン窓口だけだからな」
「だけだからって、それって他の職員は――」
「あんた何様のつもりよ!」
アルバの言葉を遮って放たれた怒声に、レイズ支部の全員が口を閉ざして声の主へ視線を向けた。
声の主はアヤの右隣で冒険者に怒鳴られていた女性職員――フロリナ・ハッシュベルである。
「あんたのせいで私のリズムが崩れちゃったじゃないの! いきなり現れて邪魔をしないでちょうだい!」
「そ、そんな。私は邪魔をするつもりなんて――」
「実際にあんたは私の邪魔をしたのよ! 出来損ないなんだから裏で細々と仕事をしていたらいいんだわ」
自分のミスをアヤのせいにしているフロリナに哀れな視線が向けられているものの本人は気づいていない。フロリナの視線は、アヤにだけ向けられていた。
「ずいぶんと身勝手な言い訳だな」
そんなやり取りをヴィルが見過ごすわけもなく、アヤを庇うようにして視線に立ちふさがる。
「ハッシュベル、周りの環境に流されるようでは窓口に立つ資格なんてないんじゃないのか?」
「ヴィルさんまでそんなことを言うんですか!」
「それとな、裏の仕事も大事な仕事の一つだ。今の発言は、事務所で働く職員への侮辱にもなるが弁明するか?」
「わ、私はそんなことしていませんよ!」
「出来損ないと思っているアヤに裏で細々と仕事をしろと言ったのはお前だ。事務所で仕事をしている職員は出来損ないなのか? そうじゃないだろう」
ヴィルの捲し立てるような言葉にフロリナは睨みつけるものの何も言い返せなくなる。
一方のアヤはどうしたらいいのか分からずにヴィルの背中越しにやり取りを見ながら困惑していた。
「――ヴィル、言い過ぎですよ」
ヴィルとフロリナの間に割って入ったのは支部長でもあるエルフィンだった。
「支部長! 私は何も悪いことはしていません! これはあの子が――」
「ハッシュベルさん、一度頭を冷やした方がいいと思いますよ」
「支部長まで!」
「今のあなたは冷静な判断力を欠いています。最初のミス以外にも、今日は何度もミスをしていましたよね」
「そ、それは……」
「アヤさんは初めての仕事を緊張しながらもしっかりとこなしてくれました。そのことに対して褒められることはあっても、怒鳴られるようなことではないと思いますよ」
「……」
エルフィンの諭すような声音に対してもフロリナは目つきを変えることなくヴィルを――いや、背中越しにやり取りを見ているアヤを睨みつけている。
「……私が悪いと言いたいんですか?」
「誰が悪いとか、そういう問題ではありません。しっかりと反省をして――」
「私が反省する理由なんてないわ! いいわよ、こんな仕事こちらから辞めてやるわよ!」
「ハッシュベルさん!」
「失礼します!」
最後はエルフィンの言葉も聞かずにフロリナはその場を後にしてしまった。
レイズ支部には嫌な空気が漂っていたのだが、仕事が全て終わっているわけではない。
溜息を漏らしながらもエルフィンが号令を取り終礼を行うと、それぞれが気持ちを切り替えて書類整理へと移っていく。
そんな中でアヤだけが気持ちを切り替えることができずに自分の椅子に座りながら何度も溜息をついていた。
「……私のせいだよね」
「お前のせいなわけがあるか」
「うわあっ! ……お、驚かさないでくださいよ、ヴィル先輩!」
頭上から聞こえてきた返答に驚き顔を上げると、そこには呆れ顔のヴィルが立っていた。
「でも、フロリナさんは私がいたから怒っていたんですよ?」
「自分が仕事をできないことで他の奴に八つ当たりとか、そっちの方がダメだろう」
「仕事ができないって、フロリナさんは仕事ができる人ですよ?」
「今まではそうだったんだろう。そしてミスは誰にでもある」
「だったら――」
「誰にでもあるからこそ、それを人のせいにするのはダメなんだよ」
ヴィルの言葉にアヤは自分を納得させようとしたものの、どうしてもフロリナの視線が頭の中から離れずにいる。
「……わあっ!」
そんなアヤの頭をヴィルが乱暴に撫でまわす。
「ちょっと、ヴィル先輩!」
「お前が心配することじゃないんだよ。これは俺とエルの仕事だ」
「先輩と、支部長ですか?」
「職員に問題が起きればそれを解決するのが上司の仕事だ。だからお前が気にすることじゃないんだよ」
「で、でも……」
「でももくそもあるか。人の心配するくらいなら自分の心配をしろ。書類、まだ全然片付いていないんだろう?」
「うっ! ……は、はいいぃぃぃぃ」
的確な指摘を受けては何も言えず、アヤは自分の仕事に取り掛かることにした。
ヴィルに気にするなと言ってもらえたからだろうか、今までの不安が嘘のように無くなり仕事に没頭することができていた。
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