第26話:何が起きている?

 一方、営業を開始しているレイズ支部では今日も冒険者が殺到していた。

 冒険者登録窓口も久しぶりに混雑しており、リューネとパーラも忙しく働いていた。


「本当に、なんで今日に限って、寝坊するのよ!」

「怒らないでよ、リューネちゃん。あっ、いらっしゃいませー!」


 接客の合間に愚痴を溢しているリューネをパーラがフォローするという構図が長い時間続いていたのだが、勢いよく開けられた扉から血相を変えて戻ってきたヴィルとキミエラを見て顔を見合わせて首を傾げる。


「エル! どこにいる!」

「騒々しいですよ、ヴィル。どうしたのですか? アンライムさんも……アヤさんはどうしたんですか?」


 呼びに行ったはずのアヤがいない現状にエルフィンも首を傾げてしまう。


「……ちょっと来てくれ。問題が発生した」

「……分かりました。皆さんは仕事に集中してくださいね! アンライムさんもありがとうございます」

「ちょっと、支部長!」


 エルフィンはキミエラには仕事に戻るようにと指示を出してヴィルと一緒に支部長室へ移動する。

 扉を閉めて早々にエルフィンが口を開いた。


「それで、問題とはどういうことですか?」

「アヤが何者かに誘拐されたかもしれない」

「誘拐? いったい何を根拠にそのようなことを?」

「これだ」


 あまりにも物騒な言葉にエルフィンは困惑している。

 そんなエルフィンにヴィルが見せたのはアヤの家の前で拾った物だった。


「これは……魔核?」

「あぁ。昨日のダンジョン攻略でボスモンスターからドロップしたものだ」

「それを何故ヴィルが持っているのですか?」

「……これがアヤの家の近くに落ちていた。それと、家の前の地面が捲れ上がっていたところを見ると、何者かと争った可能性が高い」


 ヴィルの見解を聞いて、エルフィンは真剣に誘拐という事柄について考え始めた。


「ですが、アヤさんを誘拐する理由が分かりません。私やヴィルならば身代金などの要求ができるかもしれませんが、アヤさんは一職員ですよ?」

「それは俺も分からないが、今はアヤを無事に助け出すことが先決だろう」

「……そうですね。ですが、心当たりはあるのですか?」


 エルフィンの問い掛けにヴィルは口を噤んでしまう。

 誘拐されたことは間違いないと感じているヴィルだったが、実際にアヤがどこにいるのかというところまでは全く見当がついていなかった。


「……アヤさんが誰かから恨まれていたということはありませんか?」

「恨まれているかぁ……まあ、問題は色々と起こしていた奴だからな、恨みというか嫉妬というか、そこら辺の感情を持っている奴は結構いるかもしれないな」

「そうなると、絞り込むことは難しいですか。せめてどこに連れて行かれてしまったのか、それさえ分かれば冒険者に依頼を出すこともできるのですがね」

「くそったれ、結局は振出しに戻っちまうのかよ!」


 ヴィルもエルフィンもどうすることが正解なのか、答えを出せないまま時間だけが過ぎていった。


 ※※※※


 ヴィルの大声で一時は騒然としていたレイズ支部だったが、エルフィンと共に支部長室へこもってしまうといつもの喧騒が戻ってきた。

 だが、職員たちもいつも通りとはいかず一部の窓口では冒険者から怒鳴られるという状況が生まれていた。


「……みんな大変そうだねー」

「それはそうでしょうとも」


 冒険者登録窓口だけはこれから冒険者になろうという若者しか来ないので荒れるということはなく、逆に怒鳴っている冒険者を見て列がなくなってしまったほどだ。

 だからかもしれないが、リューネは一つの違和感に気がついた。


「……あそこだけは普通に接客しているわね」

「えっ? どこどこ?」

「ほら――下位ダンジョン窓口よ」


 冒険者を相手にしている窓口で怒号が飛んでいる中、下位ダンジョン窓口だけはいつも通りの接客をこなしている。

 仕事ができる、と言えばそれまでなのだがリューネにはそうは見えなかった。


「うわー、なんかニヤニヤしてるんだけど」

「パーラにもそう見えるわよね」


 何かがある、そう見たリューネだったが下位ダンジョン窓口の職員とは交流がなく話を振ろうにも話題が見つからない。

 さらに昨日のアヤとのやり取りを見られていることもあり、こちらもどうしたらいいものかと考えるだけに終始してしまう。


「ちょっと行ってくるねー」

「あぁ、いってらっしゃ――いいいいっ!」


 普段と変わらない声でさっさと行ってしまったのはパーラだった。


「ちょっと、パーラ!」


 パーラを止めようと声を掛けたリューネだったが、振り向いたパーラは人差し指を立てて静かにと合図を送る。

 自分ではどうしようもないという状況と、交友関係の広いパーラならもしかしたら、という思いからリューネは仕方なく見守ることにした。


「――ねえねえ、ガリエラ?」

「……どうしたのよパーラ。こっちはそっちと違って忙しいんだけど?」


 パーラが声を掛けたのは金髪の女性職員――ガリエラ・ホールトンだ。

 ニヤニヤを引っ込めた表情の中には下卑た表情が見え隠れしている。


「何があったか分かる? リューネちゃんに聞いても分からないみたいでさー」

「だからってなんでこっちに来たのよ」

「いやー、他のところはもっと忙しそうだったからさー。ほら、ちょうど列も少なくなってたし」


 下位ダンジョン窓口の列は途切れてはいないものの人数は少なくなっている。

 さらにガリエラが入場許可証の発行中だったこともあり、周囲を見ながらこっそり教えてくれた。


「……たぶん、アヤの奴がいなかったんでしょうね?」

「アヤがいない? たったそれだけのこと?」

「まあ、それがただいなくなっただけならいいのよ。……ここだけの話、アヤはあの方の怒りを買っちゃったからねー。今頃どうなっているか分からないわよー」


 隠していた笑みが抑えきれなくなったのか、ガリエラはニヤニヤしながら入場許可証を手に窓口に戻って行った。


「あの方ねぇ……それって、絶対にあの子だよねぇ」


 いつもはお調子者のパーラだが、今はアヤが危険な状況下にあるかもしれないと判断すると下位ダンジョン窓口の職員の目を盗んで支部長室へ向かった。

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