第2話:元気な新人ちゃんと嫌々な先輩
ダンジョン管理組合、というものがある。
名前の通りにダンジョンを管理している組合だ。
国が主導となって設立された組合でもあるので世界的にも認知されているダンジョン管理組合は、本部が王都にありほとんどの都市に支部が設立されている。
そして今回、サーランディア大陸の最南端に位置する都市――レイズにも新たな支部が設立されることになった。
職員は現地の者を採用する手はずになっているのだが、やはり勝手を知っている者が必要なので新たに支部が設立される場合には本部から数人が出向することになっている。
「あー、めんどくせー」
金髪の頭を掻きながら逆の手をズボンのポケットに入れてだらだらと歩いているヴィル。
「そう言わないでください」
長い黒髪を後ろで纏めた眼鏡男子であるレイズ支部の支部長――エルフィン・ウィルシャスは申し訳なさそうに口にする。
ヴィルがレイズ支部に出向することになったのにはエルフィンの一声があったからだ。
「……まあ、エルの頼みだからな。めんどくせーけど仕事はちゃんとやるさ」
「助かります」
エルフィンの言葉にヴィルは照れ隠しで明後日の方向へと視線を向けながら頭を掻いた。
ヴィルはエルフィンに恩義を感じている。
今までに多くの仕事を経験してきたヴィルだったが、全ての職場で上司と衝突して解雇され続けていた。
実際のところダンジョン管理組合でも入社当時の上司と衝突していたのだが、そこを助けてくれたのが先輩でもあるエルフィンだった。
エルフィンはことあるごとに衝突を繰り返すヴィルを庇い続けて解雇されるのを守ってきた。
ヴィルはどうして自分のことを庇ってくれるのかと疑問に感じて一度質問したことがある。
すると、エルフィンからは思いもよらない返事が返ってきた。
『――ヴィルの言っていることの方が正しいと思うからですよ』
ヴィルが上司と衝突する時はいずれもやることに疑問を感じ、その疑問に対して自分の意見をぶつける時だった。
上司は生意気にも意見してくる新人に腹を立てて権力で握り潰そうとするのだが、そこでヴィルが引かないこともあり毎度のように衝突してしまう。
ヴィルは自分の意見を理解してくれる人がいることに、その時初めて気づいた。そして、その日からエルフィンを助けることができるならどんなことでも引き受けようと心の中で決めていたのだ。
営業開始の一時間前に到着したヴィルとエルフィンだったが、入口の横にある窓からは光が漏れ出ていた。
しかし二人は驚くことはない。何故なら、レイズ支部にやって来てから毎日のように一番に出勤してくる変わり者がいるからだ。
――カランコロンカラン。
扉を開けて中に入ると、そこには予想通りに銀髪を揺らす一人の少女が床掃除をしているところだった。
「あっ! おはようございます、支部長、ヴィル先輩!」
「おはようございます、アヤさん」
「おはよーさん」
掃除の手を止めて腰を直角になるくらいに曲げながら挨拶をするアヤ。
その姿に毎度苦笑するエルフィンと、さっさと荷物を置くために事務所へ向かおうとするヴィル。
アヤも慣れたものですぐに床掃除を再開させた。
しばらくすると他の職員も出勤してきて営業開始三〇分前にもなれば全員が集合している。
「それでは朝礼を始めます」
支部長のエルフィンが声を張って昨日あったことと今日の業務を割り振っていく。その中でも最後に言い渡されるのが――
「最後に、ヴィルはアヤさんの指導を継続してお願いします」
「よ、よろしくお願いします、ヴィル先輩!」
「……早く仕事を覚えてくれ」
ヴィルとエルフィンは本部出向組なのでレイズ支部の新人に指導をしてきた。
多くの新人がすでに一人である程度の仕事をこなせるようになっているのだが、アヤだけはいまだ研修生のままである。
「す、すみません」
「……はぁ」
「それでは仕事に取り掛かってください」
各々が割り振られた業務に取り掛かる中、アヤとヴィルは事務所の裏にある個室へと移動して研修の再開である。
床掃除をしていた時とは打って変わり俯きながら移動するアヤ。
というのも、物覚えが悪いアヤのことを好ましく思っていない職員が多くいるのだ。
「……さっさと来い」
「は、はい!」
頭を掻きながら催促するヴィルに謝りながら小走りについて行くアヤ。
事務所を向けて人の気配がなくなると、アヤは毎回小さく息を吐き出す。
その姿をこれまた毎回見ているヴィルにとっては心配の種だった。
「あまり気にするなよ」
「……あ、ありがとうございます」
ヴィルの言葉に苦笑しながら返答するアヤを見るたびに、早く仕事を覚えさせなければと内心では焦りを覚えている。
だが、ここで無理やり教え込もうとしても逆効果になることは目に見えているのでヴィルは根気よく教えることに決めていた。
個室に入るとそこには机と二脚の椅子が対面で並んでいる。
奥の椅子にヴィルが座ると手前の椅子にアヤが座る。机には昨日も勉強していた資料がそのまま広げられていた。
「五分後、もう一度テストをするぞ」
「い、いきなりですか!」
「もう何度も同じことを繰り返しているだろう」
「……は、はいぃぃ」
すぐに資料を鷲掴みしたアヤは大急ぎで目を通していく。
昨日勉強した内容のテストなのでそこまで慌てなくてもいいはずなのだが何故かアヤは大慌て。
ヴィルがアヤに感じている欠点、それはあがり症だということだ。
今回のように制限時間を設けてテストをすると言ってしまうと、途端に緊張してしまい慌てふためいてしまう。
こうなると覚えているはずのことも出てこなくなり、結果としてテスト結果も芳しくないのは当然のことだった。
「……はぁ」
「……本当にすみません」
「アヤ、お前は何でそこまで緊張しいなんだ?」
このままでは前に立たせることができない、仕事ができないと判断したヴィルは単刀直入に聞いてみることにした。
「……その、私って昔からおっちょこちょいだって言われてきて、それをどうにか直したいと思って頑張るんですけど、そこでもまた失敗しての繰り返しだったんです。それで、頑張ろうと思うと毎回焦ってしまって上手くいかないんです」
やる気はあるが結果がついてこない。
この手のタイプはまず仕事ができるんだと思わせることが重要だとヴィルは判断した。
「それじゃあ、これはテストでも何でもない。俺の質問に答えてみろ」
「は、はい!」
「ダンジョン管理組合とはどういう組合だ?」
「世界各地にあるダンジョンの管理、そして新しいダンジョンを発見し攻略することです」
「俺たちの仕事内容は?」
「冒険者に適正ランクのダンジョンを紹介して安全にダンジョン探索をしてもらうことです」
「何故冒険者はダンジョン探索をするんだ?」
「ダンジョンに生息するモンスターの魔石やアイテムを換金してお金に換えることができるからです」
「それに対してダンジョン管理組合は何が得られる?」
「回収した魔石やアイテムを新たな商品へ加工し販売することができます」
「その他には?」
「えっと……あっ! 冒険者登録もここで受付しています!」
「その通りだ。なんだ、全てを理解しているじゃないか」
「えへへー」
褒められたと思ったアヤは顔を横にして照れ笑いを浮かべているが、一方のヴィルは呆れ顔だ。
「そこまで理解しているなら焦る必要なんてないだろう、自信を持てよ」
「……そうなんですけど、どうしても焦ってしまうんです」
そして、結局はいつものように焦ってしまうで話が終わってしまう。
言葉を尽くしてダメなら実践でできるかどうかを試してみようと趣向を変えることにした。
「アヤ、今から冒険者登録窓口に行くぞ」
「えっ! い、今からですか!」
「そう言っているだろう。新人冒険者なんて若い奴らばかりだからな、お前が緊張する様な相手はいないから自信を付けるためにもやってみるぞ」
「ひゃ、ひゃい!」
「……ここで緊張してどうするんだ」
「……す、すみましぇん」
「……はぁ」
今日何度目になるか分からない溜息を漏らしながら、二人は冒険者登録窓口へと移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます