第3話:冒険者登録窓口

 冒険者登録窓口では二人の職員が必要書類をまとめている最中だった。


「あれ? アヤさん、今日から受付に立つんですか?」

「無理でしょ、この子には」


 フレンドリーに話し掛けてきたおさげ髪の女性職員――パーラ・オレリオットとは対照的に、否定的な言葉を発してきたのは肩まで伸びる緑髪の女性職員――リューネ・エリオンだ。


「とりあえず一度対応させる。もし無理だと二人が判断したら助けてやってほしい」

「分かりました! 私で良ければ――」

「迷惑です」


 ヴィルの言葉にパーラが了解の意を示そうとしたのだが、言葉を遮るようにしてリューネがバッサリと切って捨ててしまった。


「……どういうことだ?」

「ヴィル様もお分かりですよね? 私たちだってまだ教えてもらって数日の立場なんです。それを物覚えの悪いたった一人のせいで自分の仕事が詰まるようでは時間の無駄です。ただでさえヴィル様の手を煩わせているのに、私たちにまで迷惑を掛けないでいただきたいです」

「ちょっと、リューネちゃん、言い過ぎだよ!」

「パーラは黙ってて。年下の私たちよりもダメな人なんですよ? 迷惑以外に何があるって言うんですか」


 出向組以外はレイズ出身の者を採用している弊害がここに現れていた。

 ほぼ全員が顔見知り、その中でもアヤは過度に緊張しやすいことは有名だった。

 パーラもリューネもその事は耳にしており、リューネとしては仕事の邪魔だと一目見た時から思っていたのだ。


「どうしても窓口に立たせるというのなら、ヴィル様が助けてあげたらいいんです」

「ちょっとリューネちゃん! ヴィル様にまで本当に言い過ぎだよ!」

「……分かった、それならそうしよう」

「「えっ?」」

「確かに人手が足りないのは事実だからな、教育係の俺が助けるのは正しい意見だ」


 個室で見せていた溜息などは一切見せることなく、ヴィルは生真面目な態度で淡々と口にした。


「アヤ、とりあえず一発目の冒険者登録をやってみるか」

「は、はいぃぃ」

「知識はあるんだから落ち着いてやればなんとかなる。それに、無理だと思ったら俺も控えているから安心しろ」

「……は、はい!」


 今から緊張していたアヤだったが、ヴィルの言葉に安心感を得られたのか返事に力強さが戻ってきた。

 そして優しい笑みを浮かべたヴィルの顔を見たアヤ――ではなく他の女性職員がほの字になったことにはヴィルもアヤも気づかなかった。

 実のところここにもアヤが好ましく思われていない理由の一つがある。

 ヴィルは長身であり、さらに男性から見てもイケメンだと言われるくらいの美貌を持っていた。

 そんなヴィルと個室で二人きり、直接指導をしてもらえているアヤを妬む者が多くいたのだ。


「……はっ! そ、それじゃあそっちはよろしくお願いしますね、ヴィル様!」

「そちらは二人に任せたぞ」

「は、はい!」


 強気なリューネと舞い上がっているパーラ。

 ヴィルはアヤにしか顔が見えない立ち位置に移動すると大きく溜息をついた。


「……あの、すみませんでした、ヴィル先輩」

「んっ? あぁ、気にするな。あいつの言っていることも正しいからな。生意気なのには腹立つが」


 頭を掻きながら一度気持ちを落ち着かせると、ヴィルは冒険者登録のレクチャーを改めて教え始めた。


「冒険者登録は窓口業務では一番簡単だ。冒険者になるメリットとデメリットを説明すること、説明した内容に納得するなら書類にサインをもらうこと、そして冒険者証を発行して渡すこと、この三つだ。実際に相手と会話をするのは最初の二つだから、そこを乗り越えれば冒険者証の発行は事務所で行うわけだからそれを渡して終了だ」

「はい!」

「さて、そろそろ一〇時だな」


 ヴィルはそう言いながら奥の壁に掛けられた時計へ目を向けると、数秒後には営業開始の一〇時を知らせる鐘の音が時計から鳴り響いた。


 開始と同時に様々な衣服を身に纏った人たちがなだれ込んできた。

 大半はすでに冒険者登録を済ませている現役の冒険者なのでダンジョンランクごとに割り振られたダンジョン窓口へ殺到していく。

 営業開始と閉店間際が一番忙しい時間帯となり、その大半がダンジョン窓口なので人員を多く割り振っている。

 アヤはダンジョン窓口の忙しさを目の当たりにして目が回りそうになっていた。


「……こ、こんなに人が」

「これくらいの数は少ない方だぞ。王都だったらこれの何倍も人が殺到するからな」

「な、何倍もって、そんなことあるんですか!」

「人口が圧倒的に違うからな。ここはサーランディア大陸の最南端だぞ?」

「……い、言われてみるとそうですね」


 そう言いはしたものの、やはりまだまだ新人の域を出ない職員ばかりでは人の波を捌くので精一杯、他の人を見ている余裕はないのだとヴィルも勉強になっていた。


「……そろそろ来るかな」

「へっ?」


 ヴィルの呟きと同時に入口から年若い三名の少年少女がキョロキョロしながら冒険者登録窓口にやって来た。

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