第4話:初めての受付

 アヤはゴクリと唾を飲み込むとヴィルへ視線を向ける。

 無言のまま頷いたヴィルを見て、アヤは意を決して一番先頭の少女へ声を掛けた。


「お、おはようございます! 本日は冒険者登録でしょうか?」


 最初はややつっかえたものの問題なく言葉を続けることができたことに安堵する。


「は、はい! その、私は冒険者についてあまり知らないのですが、それでも大丈夫ですか?」


 耳たぶの長さで揃えられた桃髪を揺らす可愛らしい少女もつっかえながら質問してきた。

 ここで最初の難関であるメリットとデメリット説明をしっかりこなそうと意識して口を開こうとしたのだが――


「ヴィ、ヴィル様! ちょっとこっちに来てください!」

「なんだ、どうしたんだ?」


 残る少年二人の内の一人を担当していたパーラからヘルプの声がヴィルに掛かった。

 そのまま行ってしまったヴィルを見て、アヤの緊張しいが再発しそうになっていた。


「……あの、大丈夫ですか?」

「ふぁ、ふぁい! 大丈夫……です」


 少女から声を掛けられてしまい慌てて返事をしたアヤだったが、その表情を見た途端に緊張は吹き飛んでしまった。

 少女の表情は――怯えているように見えたから。


(――そうだ、この子は言っていたじゃないか、冒険者についてあまり知らないのだと。それなら不安に決まっている)


 自分が緊張していたら少女に不安を与えてしまう、そう思った途端に頭の中がすっきりしていた。


「……はい、大丈夫ですよ。これからメリットとデメリットを伝えるので、よーく聞いていてくださいね」

「は、はい!」


 突然落ち着いたアヤに隣でもう一人の少年を対応していたリューネは表情には出さずに驚いていた。

 パーラに至っては対応をそっちのけでアヤの方を見ている。


「まずはメリットからです。冒険者になればダンジョンへ探索に行ってお金に換金できる魔石やアイテムを手に入れることができます。中にはレアアイテムもあったりするので多くの人が一攫千金を狙っていると言われています」

「……一攫千金」

「そのようなレアアイテムを見つけられるのは一握りですし、上のランクのダンジョンでしかお目に掛れないようなので最初は地道にコツコツですけどね」


 調子が出てきたのかアヤは床掃除をしていた時の表情を見せながら少女を安心させるように笑顔で説明を続けていく。


「コツコツ積み重ねた実績から冒険者ランクが上がり、ランクが上がれば上のランクのダンジョンに挑めます。そうして初めて一攫千金を狙えるようなダンジョンに挑めるんです」

「はい!」

「だけど! ここでデメリットについて説明しますね」


 冒険者を志す者ならば誰もが夢見る一攫千金。

 攻略済みのダンジョンでも稀に出てくるレアアイテムは、換金すると一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入ると言われている。

 そして未攻略のダンジョン最深部で手に入るレアアイテムともなれば、ランクにもよるが親子三代がお金に困ることのない大金を手にできるのだとか。

 しかし、ハイリターンな内容には付随してハイリスクな内容も含まれている。


「ダンジョンにはモンスターが生息しています。魔石なんかはモンスターを討伐した時に手に入るものですが、モンスターは例に漏れることなくすべてが凶暴で人に襲い掛かってきます」


 ゴクリと少女が唾を飲み込む音が聞こえた。


「当然、死ぬリスクが伴います。これは上のダンジョンになればなるほどモンスターもより強く凶暴になるんです。……ねえ、あなた名前は?」

「えっ?」

「私はアヤ・プレシアスです」

「……エリー・アンリカです」

「エリーちゃんだね。ねえ、どうしてエリーちゃんは冒険者になろうと思ったの?」


 ここでアヤは一つの疑問に気がついていた。

 とても大人しそうに見えるエリーがどうして冒険者になろうと思っているのか。

 先ほどの説明の中で反応を示した部分があったので、そこがアヤには気になっていた。


「……わ、私の家は貧しくて、普通の仕事だけだと生活が大変なんです」

「そういえば見ない顔だよね? レイズじゃなくて近くの都市で暮らしているの?」

「はい。都市、でもなくてアビー村というところです」

「あぁ! ここから東にちょっと行ったところにある村だね!」

「そうです! それで、私でも稼げる仕事を探そうとしていた時、レイズにダンジョン管理組合が支部を設立するって聞いたので、話を聞いてみようと思ったんです」

「そうだったのか……でも、さっき言ったみたいにデメリットっていうのは、死ぬかもしれないってことだよ?」


 アヤが再びデメリットについて口にすると、エリーは表情を暗くして俯いてしまう。


「……はい」

「生活がどれだけ貧しくても、どれだけ大変でも、死ぬかもしれない仕事をしてご両親が喜ぶかな?」

「……」

「冒険者になりたいって話はご両親にはしたの?」

「……してません」

「そっか。決めるのはエリーちゃんだから私に止める権利なんてない。だけど、せめてご両親には相談した方がいいんじゃないかな。可愛い子供を危険に晒す親がいるとは思えないんだよね」


 下を向いてしまったエリーの頭に手を置いて優しく撫でるアヤ。

 驚いたのか顔を上げたエリーが見たアヤの表情は、とても眩しい優しさに溢れた笑顔だった。


「……お父さんとお母さんにも、聞いてみます」

「そうした方がいいよ。もしそれで冒険者になるって決めたら、またおいで」

「……あの、プレシアスさん」

「なんですか?」


 口を何度もあ開けたり閉じたりを繰り返しているエリーだったが、アヤは何も言わずに笑顔のまま次の言葉を待っている。


「…………その……あ、ありがとう、ございました」

「どういたしまして」


 お礼を口にしたエリーは頭を下げるとそのまま組合を後にした。

 この時点で数人の冒険者登録希望者が並んでいたのだが、自信がついたアヤは次の希望者に声を掛けると率先して説明を始めていく。

 エリーの時にはできなかった書類へのサインや冒険者証の発行もそつなくこなしている。

 事務所の職員も驚きに口を開けたまま作業をしていたほどだ。

 そんな中で一人だけ驚いていない人物がいた。


(――まあ、知識だけは人一倍あったからな。緊張さえなくなればこれくらい朝飯前だろう)


 ヴィルだけは壁際からアヤの仕事ぶりを見て満足そうに頷いていた。


「――ようやくですね」

「どわあっ! ……お、驚かすなよ、エル」

「そのようなつもりはなかったんですが」


 苦笑するエルフィンにヴィルは頭を掻きながら溜息をつく。


「まだ様子見の状態だが、すぐにでもこっちは任せられると思うぞ」

「それは助かります」

「まあ、他の奴らと上手くやれたらだけどな」

「そこが様子見の部分ということですか?」


 仕事ぶりは申し分ない、パーラともおそらく上手くやれるだろう。問題はリューネとの関係である。


「仕事ができると分かれば仲良くなるかもしれんが、それは外から来た俺ではすぐに判断できんからな」

「そうですね。すみませんが、よろしくお願いします」

「仕事だからな」


 大きく伸びをしながらそのように答えたヴィルはパーラとリューネの仕事ぶりにも目を光らせている。

 先ほどパーラが困っていた内容はアヤなら問題なく解決できたような内容だった。

 気に留めていなかったのか、気に留めていたが今日までその案件に当たらなかったのか。

 それは分からないが、まだまだ指導が必要な人は多いということだった。


「……これは、他の窓口も気を付けてみていなきゃならんかもな」


 エルフィンも出向組なので目を光らせてはいるものの支部長ということもあり事務業務も多く負担が大きい。

 ようやくアヤが独り立ちできそうなタイミングでもあるので、ヴィルは他の窓口にも意識を向けることにした。


「……無理はしないでくださいね」

「無理してるように見えるか?」

「ヴィルは顔に出さないから困るんですよ」


 肩を竦めたヴィルは、壁にもたれながらしばらく冒険者登録窓口の三人を眺めているのだった。

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