第29話:探索

 ヴィルが向かった先はエルクの師匠が暮らしている小屋である。

 レイズからは少し離れた場所にあるのだが、ヴィルは休むことなく全力疾走を続ける。

 大人でも三〇分は掛かるであろう道のりを、半分の一五分で駆け抜けた。


「おい! いるか、いるなら返事をしろ!」


 ドアを叩きながら大声で呼び掛けていると、中からパタパタと足音が聞こえてきてドアが開かれた。


「いったい何事……って、ヴィルさん?」

「エルク! あいつはいるか!」

「師匠ですか? 師匠はまだ戻ってきてませんけど?」

「くそっ! この肝心な時に……」

「あの、何があったんですか?」


 頭を掻きむしりながらヴィルはアヤが誘拐されたことを告げた。


「プレシアスさんが!」

「だからあいつの力を借りたかったんだが……おそらく、連れて行かれた場所が大森林のダンジョンなんだ」

「森タイプと迷宮タイプの融合型ダンジョンですね」

「戻りがいつになるとか言ってなかったか?」

「今日には戻ってくるはずなんですが……」

「いない奴を頼っても仕方ないか。エルク、悪いが力を貸してくれないか?」

「もちろんです!」


 協力を約束してくれたエルクは二階に上がり準備を始めた。

 一方のヴィルはポケットに入れたままだった魔核を取り出して見つめている。


「……絶対に助け出してやるからな」


 しばらくして降りてきたエルクの手には一枚の紙が握られていた。


「これは何だ?」

「師匠が戻ってきた時に備えて置き手紙をと思いまして」


 テーブルの真ん中に手紙を置いたエルクはヴィルと一緒に外に飛び出すと再び全力で駆け出した。

 二人は小屋からレイズまでの道のりを、一〇分で駆け抜けてしまった。


 ※※※※


 ――一方のアヤは、座り込んでいてもどうにもならないと思い始めていた。


(このまま助けを待っていた方がいいのかな? それとも、自分から動いてここから脱出した方がいいの?)


 自衛手段を持たないアヤがダンジョンを動き回ることは愚策である。冷静に考えればアヤもそのことに気づけただろう。

 だが、突然誘拐されてしまい、危険なダンジョンに一人取り残されてしまった今の状況で冷静な判断を下せと言う方が無理な話だった。


「……な、何とかなるかな?」


 自分に言い聞かせながら立ち上がったアヤは、最初に自分が何を持っているのかを確認する。

 とはいえ、帰宅途中だったのだから特別な物を持っているわけもなく、一職員であるアヤが自衛のための装備を持っているはずもない。

 結果、アヤの荷物は財布とハンカチとペン、そしてヴィルから貰ったお守りくらいだった。


「……これで動き回るとか、自殺行為に思えてきたんだけど」


 このままではモンスターと遭遇した時の対処が逃げるだけになってしまう。


「……やっぱり、ここで待っていた方がいいかな」


 自分の荷物を確認して再認識させられたアヤは、再び一画まで移動して座り込んでしまった。


「……今頃、みんな心配してくれてるかな」


 思い出されるのは昨日の夜に飲んでいたリューネとパーラの笑顔。優しく声を掛けてくれたキミエラの笑顔。ダンジョン攻略で出会ったエルクの笑顔。そして――


「……ヴィル先輩」


 ヴィルから貰ったお守りを握りしめて、アヤは膝に顔を埋めていた。


 ※※※※


 レイズ支部に戻ってきたヴィルとエルクはそのままエルフィンに声を掛けると、すぐに入場許可証が手渡された。


「すでに何人かの冒険者は探索に向かってくれています」

「助かる」

「……彼女は?」

「師匠はまだ戻ってきていないんです。置き手紙はしてきたので帰ってきたらすぐに来てくれるとは思うんですが」

「そうですか……いや、今はアヤさんのことを考えるべきですね」

「ヴィルさんも行くんですか?」

「当然だろう」

「……ですよね。それじゃあ行ってきます!」


 ヴィルに確認を取っていたエルクは苦笑しながらエルフィンに声を掛ける。


「二人とも、気をつけて下さいね」

「俺たちは問題ない。問題なのはアヤの方だ」

「それでもですよ」


 ヴィルは大きく頷くとエルクと共に転移門へ駆け出した。


 ※※※※


 転移門の前にはリューネが待機していた。


「ヴィル様! すぐにでも出発できるようにしています!」

「助かる!」

「……ヴィル様、エルク様。どうか、どうかアヤを助けてください、よろしくお願いします!」


 リューネは当初、アヤのことを嫌っていた。煙たがっていた。

 それが今では頭を下げて助けてほしいと懇願している。

 二人の間にいったい何があったのかヴィルは少しだけ気になったが、すぐに意識を切り替えた。


「任せろ。リューネはレイズ支部を頼むぞ」

「は、はい!」


 アヤとリューネの関係が良好になっているなら、些細な疑問など気にするに値しない。

 そんなことよりもリューネの前に笑顔のアヤを連れてくることの方が大事だと考えていた。


「エルク、大森林のダンジョンのマップは頭の中に入っているか?」

「入っています、問題ありません」

「それなら俺は右側の探索をする。エルクは左側を頼むぞ」

「分かりました」


 二人が魔法陣の中央に移動したのを確認したリューネが手を上げて合図を送ると、魔法陣が起動された。

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