*40話 終わらない物語*
「真人は邪魔だから後ろに下がって」
ミントがそう言っているうちに、翔はハルモニアに飛びかかっていた。
「先手必勝!」
ファン!
ドン!
「ぐは!」
手のひらを前に出したハルモニアに、宙を舞った翔は押し返され地面に叩きつけられた。
「何やってるのよ」
「違うんだよエレクトラさん。こう風がバアーって押してきてさ」
「翔さん、恐らく音波ですよ。ハーモニーの語源になった名前なぐらいですから」
桜子はそう見立てると、翔、エレクトラ、ミントと補助魔法をかける。
『プロテクト!』
三人の前に、透明な壁が一瞬光る。
「音は空気の波です。他の物理攻撃同様これでダメージ減少効果があるはずです」
「それ!」
ミントは手裏剣を投げ、そのままハルモニアに突っ込んでいく。
ファン! ファン!
投げた手裏剣は届かず地面に落ち、ハルモニアは難なくミントの刀をかわす。
ミントは後ろに跳ね間合いを取り直した。
「ちょっと、何で当たらないのよ? あんたあんなに強かったじゃない?」
仕掛けないエレクトラがミントに文句を言う。
「手裏剣は音波で落とされたし、切りかかるときも何かに押さえつけられたように重かった。奴が早いんじゃなくて、こっちが遅くなる」
それを聞いた翔は提案する。
「それじゃあ、連携しようぜ。三人で飛びかかって、後ろから二人で魔法攻撃なら避けられないだろ?」
ハルモニアは、翔たちの相談が終わるのを待ってから笑った。
「わたくしは戦闘員じゃないんですよ。五対一だなんて、卑怯じゃありませんか? ねえ勇者様」
五人はもはやハルモニアの言葉には耳を貸さず、武器を構え仕掛けようとしていた。
そして自身が言うように、ハルモニアは戦闘などできぬ神であった。しかし……
キュイーーーーン!!!!
ドン! ドバ! ドバドバドバ!
鼓膜が痛くなる強い音が聞こえると、五人はその場で地面に押し潰される。
「ウー」「ウヌ」「ムー」
それは、まともに声も出せない圧倒的な力であった。
「真人様もこちらにいらっしゃい」
大きく後ろに下がっていた真人は、天井に吊るされていた布を見てわかる。
布が下に引っ張られている。あのエリアだけに重力のように強い圧力が発生しているんだ。
どうする?
その時、掛かっていた布のひとつが外れ垂れ下がる。
スピーカー?
天井から、直方体が縦に連結され物が並んで吊るされているのが見える。各方向に向いたそれぞれが、布の後ろに隠されていたのだ。
「ハルモニア! 布の裏にスピーカーを隠すとはせこいな」
「あら真人様。大勢で押し掛けるような人には言われたくありませんね」
「そのでっかいスピーカは秋葉原で買ったのか?」
「いいえ。これはラインアレイスピーカと言って、オレゴンから直輸入させたものなんです」
真人は馬鹿な話をして時間を稼いでいたが、ハルモニアはわかっていた。
「ゴーレムの足の遅さは致命的ですね、真人様。それでは決着をつけさせていただきますよ」
ここに俺たちが来るのを待っていたんだ。
天井に吊るしたスピーカで力を増強し、礼拝堂なのに響かない構造にして指向性をコントロールする。これが戦の神でないハルモニアが選んだ戦い方なんだ。
真人は理解できても、力の中に入ることができず打つ手がなかった。
一方でハルモニアは、祭壇に置いてあった剣を持ち鞘から抜く。
そして鞘を捨てると、刃先を真下に向けるよう両手で剣を持ち直し翔の前まで移動した。
「さようなら勇者様!」
女神は躊躇なく、突き立てるようにそれを下ろしたのである。
キン!
「何ですって?」
「ミント!」
ハルモニアも、蚊帳の外にいる真人も驚く。
押される力に震えながらも体を支え、間一髪で剣の筋を逸らしたのだ。
ハルモニアは、床に当たった剣を再び構え直す。
「その様子では次は防げないでしょうね」
「どうかな? あなた、驚いてるんでしょ? どうして私が立てるかわからないから」
「何を」
「翔のチート能力はあなたが与えたものだけど、私の力は違うんだよ」
「ふん。何にしてもこれで終わりよ!」
ハルモニアは今までにない悪態をつき、そして……
グサ!
「ムー……」
翔は、声にならない閉ざされた叫び声を出す。
体の中心に剣が刺さった彼は、押される力も加わって周りに血の海を一気に作り出した。
「翔君!」
「おやおや、勇者様がいなくなってはまた転移させないといけませんね」
真人の呼ぶ声に、ハルモニアの声が重なる。
「みなさんこれで終わりですよ。この世界は勇者様が導き作るのですから」
ガコン! ガコン! ガコン!
ハルモニアが饒舌になっていると、ゴーレムが礼拝堂の扉を壊し中に進んでくる。
しかし、一回しか使えないであろう切り札に真人は悩む。
上からの圧力ならゴーレムを被せ盾にすればいい。
知佳さんに被せ回復魔法を使わせるか、それとも翔君を救出するか。
「遅い到着で。では、次は誰にしましょうか真人様?」
挑発に乗り、ゴーレムをハルモニアに仕掛けたらどうなんだ?
だが、ただでさえ遅いゴーレムでハルモニアを捉えられるのか? とはいえ、無視すれば動けるミントが狙われるかも知れない。
真人は選択した。
「ゴーレム前へ!」
ハルモニアは高笑いをした口で続ける。
「遅いですわ。遅いですわ、真人様。次はあなたのお気に入りのゾンビの首でも刎ねて見せましょう!」
ハルモニアは剣の刃を横向きにし、まるでバットのように構えるとミントの首目掛けてそれを振る。
ジュバ!
「グワォ……。どうして、どうしてお前が」
ゴーレムが被さるのように守る中、エレクトラが立ち上がりハルモニアを切ったのだ。
「どうしてかしらね? 真人さんはどう思いますか?」
エレクトラはこんな状況にも関わらず、微笑みながら真人に聞いた。
「俺はただ、翔君はもう戦えないし、ミントは警戒されているからエレクトラに賭けたんだけど」
「あら? 真人さんはもっと勘が良いのかと思ってましたけど。でも、折角ですので帰る前に教えて差し上げますわ。私が転職したのは剣士ではなく勇者だったんですよ」
「な、なんということ! そんなはずは」
ハルモニアは、切られた部分から光を放ちながら驚いている。
「勇者は世界に一人で十分ですから、ハルモニア様がそう思うのも無理はないですよね。ですが、翔さんが暴君になってくれたおかげで勇者失格になり席が空いたんですよ」
「それで剣士ではなく勇者に転職したというのか?」
「はい、真人さん。ハルモニア様の言う通りこの世界は勇者様が導き作るのですから、勇者である私がハルモニア様を倒すという結末があったわけです」
「それじゃあ」
「ええ、翔さんには世界を変えることはできませんでした。真人さん、見事な選択でした。理由はあっていませんでしたけどね」
エレクトラは再び微笑んだ。
瀕死の翔と知佳の体が光り出す。
『ヒール!』
起き上がった知佳が翔に回復魔法をかける。
「どうやら私たちからみたいね」
「翔君、大丈夫かい」
「ええ、真人さん。みなさんもありがとうございました。楽しさは微妙でしたけど、いい経験になりました。さようなら」
翔と知佳は、空間の歪みに吸い込まれていく。
続いて、桜子とエレクトラの体も光り出す。
「長かったねエレクトラ」
「ええ、みんなもこれで帰れるわよね」
「あら? あの頃の心配をするなんて意外ね」
「桜子。私たちもっとうまくやれなかったのかな?」
「若気の至りってやつね。そこのおじさんと違って」
「ええ? 桜子さんも二十三じゃありませんでしたっけ?」
「どうだったかしら? さて、そろそろ帰りますね。真人さんもミントもありがとう」
「それじゃあ私もこの辺で。真人さん、元の世界に戻ってもミント会えるといいですね。私は会いたくありませんけど」
素直じゃないエレクトラの言葉をミントが受けとる。
「エレクトラ、私を召喚してくれてありがとう」
桜子とエレクトラは、空間の歪みに吸い込まれていく。
そして、真人の体も光り出した。
「ミント、本当に君の帰る場所はないのかい?」
「うん。だって私はこの世界の住人だもの。いや、人じゃないかも知れないけど」
「ひとつ聞きたいんだ」
「うん」
「ミントは、俺のこと嫌いじゃないかな?」
「うん、嫌いじゃないよ」
「近くにいてもいいかな?」
「別にいいよ」
「俺さ、用心深い性格なんだ」
「私も自分のこと、用心深い方だと思ってる」
真人は小瓶を取り出し、ハルモニアに投げつける。
それは、港町ガレンで翔たちと戦う前、ミントから渡された回復のための小瓶であった。
これでハルモニアから漏れる力を止めれば、空間の歪みは消えこちらの世界に固定されるはずだ。
少なくとも、真人はそう思ったのだ。
パシ!
だが、ハルモニアに届くことはなかった。
小瓶をミントが掴んだからである。
「私も用心深いって言ったでしょ」
「ミント、俺、元の世界に帰りたくないんだ。ミントと一緒にいたいんだよ」
「真人、この世界に魔王は二人いらないよ。勇者と同じだね。いい? 私と一緒にいたいって言ってくれるのはうれしいよ。だけど、元の世界に帰らないこととはまた別の話。あなたが成すべきことはこの世界の魔王になることじゃない」
「ミント!」
真人も、空間の歪みに吸い込まれていった。
真人は気がつくとアパートに一室にいた。
敷いたままの布団、閉めたままのカーテン。
俺は戻ってきたんだな。
漏れる光が射す狭い部屋で、机の上に放置されたままのスマホに目が行く。
時間、経ってるのかな?
だが、真人は日付を確認することができなかった。
ただひとつだけ、ナイロン製のリュックがなくなっていることに気がついたからだ。
この年で、この世界で、何をしろって言うんだよミント。
そして真人は、自分たちを苦しめたハルモニアになることを決めるのであった。
終わり
ダークファンタジーは萌と共に 深川 七草 @fukagawa-nanakusa
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