*37話 報酬*
「トムさん……」
多くの犠牲を出し物資も補給できない王国軍は、港町ガレンで部隊の立て直しを図っていた。
そんな中、トムは棺に入れられガルデ城に送られることになった。
翔と知佳、そしてエレクトラと部下の兵士たちが出航する船を見送る。
「行っちゃったね翔」
知佳の頬を涙が伝う。
「うん。だけど、悲しんでいるわけにはいかないよ。悪いけど話があるから、二人とも本陣に戻って」
三人は、本陣として使っている宿屋に戻った。
「早速なんだけどエレクトラ。あの敵の人たちのことを知ってたんだね」
翔が質問しても、エレクトラは顔色一つ変えない。
「はい」
「どうして先に教えてくれなかったんだ。相手のことがわかっていれば、トムさんは死なずに済んだかも知れないのに」
「翔さん、それは結果論です。桜子がいるなんて知らなかったですし、あとの二人も前に見たときはあんなに強くなかったんです」
「それだけじゃないだろ! 転移者なら、話し合いで解決できたかも知れないじゃないか」
翔は声を荒げるが、エレクトラはさらに反論した。
「翔さんや知佳さんにも目的があるんじゃないんですか? 転移者は、使命が与えられているはずです。彼らがモンスターを連れている以上、勇者である翔さんとは相容れないと思いますが」
その言葉に、翔は思い出したとばかりに息を整え知佳を見た。
そして知佳も、小さな声で確かめるように言った。
「そうだったよね。勇者とお付きって言われたよね。実際、モンスターを倒し、村を救ってきたわけだし」
翔は言葉に詰まりながらも、やはりエレクトラを許せない。
「それでも話してみないとわからないじゃないか」
「翔さん、いい加減にしてください。もしモンスターを倒さないことで手打ちとなったら、翔さんは何をするんですか? このまま仲良くみんなで異世界ぐらしですか?」
「そんなこと言ってないだろ。トムさんは死んだんだぞ。何とも思わないのか?」
「ちょっと翔、言い過ぎだよ」
知佳が止めに入るがどちらも聞かない。
「私は翔さんたちが、より力を手にするためにと思って町の奪還を提案したんです。相手が予想より強く被害が出てしまいましたが、黙って城にいたってしょうがないじゃないですか!」
「もういい! 出て行け」
「そうさせてもらいます。翔さん、あなたには王の資質はありませんよ」
エレクトラは荷物をまとめ、宿屋を出て行く。
トムも死に、すでにエレクトラを止めてくれる味方はいなかった。
******
ガレンの町を出て、街道を北に歩いていたエレクトラは立ち止まる。
「ハルモニア、いるんでしょ?」
「どうかしましたか?」
空間が歪むと、エレクトラの目の前にハルモニアが現れた。
「もう飽きちゃったから帰ってもいいかな?」
「いえいえ、物語は終わっていませんし、もう少し頑張っていただかないと」
エレクトラはそうだろうと思いながら、頼まなければならないことがあった。
「真人さんたちは、もうシビルの町に着いたかしら?」
「いいえ。真人様は、転移された地に戻ったようです」
「転移された地? ログハウスこと?」
「ええ」
「なら、私をそこに連れて行ってくれないかな?」
「またですか?」
「いいでしょ?」
「殺されるかも知れませんよ?」
「別にそれでもハルモニアは困らないでしょ?」
「わかりました」
ハルモニアはゲートを開く。
「精々、気をつけてくださいね」
ハルモニアに送られて、エレクトラはゲートに入った。
トムも失い、他の家臣からの信頼が薄い翔や知佳じゃもう無理だ。
一か八か真人、いや、ミントと桜子の力を借りられるか試すしかない。
空間の歪みを進むエレクトラの考えは、自分の目的のことしかないものであった。それは、相手が欲しがっているものを察することができないほど追い詰められていたからである。
カードを持たない話し合いだという認識のないまま、エレクトラは外に出るのであった。
「ハッ!」
ドン!
石の塊が、地面を叩き鈍い音を立てた。
「ふざけないでよ。誰が召喚したと思ってるの?」
エレクトラはゲートを抜けると同時に、ログハウスを守っていたゴーレムに攻撃されたのである。
ドン! ドン! フォ!
ゴーレムは連続パンチをお見舞いするが、エレクトラが機敏に跳ねかわすので空を切る。
キ~ィ
その時、構え睨み合う一人と一体の緊張の場面に合わない音がした。
「エレクトラ?」
「騒がしいと思ったら」
ログハウスのドアが開き、真人と冷たい目をしたミントが出てきたのである。
「ちょっと止めてよね。私は話し合いに来たんだから」
真人はため息をつきながら、手を上げゴーレムを止める。
「まあ、入りなよ」
ドアを開けたまま中へ戻る真人とミントに続いて、エレクトラは服に付いた埃を払いながら入るのであった。
「なつかしいわねぇ」
「君が出て行ったのはそんな昔じゃないだろ?」
「桜子に言ってるのよ。階段の上から覗いてないで降りてきなさいな」
エレクトラの攻撃に備え、補助魔法シールドが発動できるように桜子は離れ見張っていたのだ。
「そうは行かないわ。あなたは信用ならないし、真人さんは貧弱ですから」
「まあ、真人さんが貧弱なのは否定しませんけど。では、そこからでも聞いていてください」
エレクトラはそう言って、三人で団欒をしていた時の場所に腰を掛けた。
「ミントからも聞いてるけど、その格好」
「ええ、真人さん。私、召喚術士から剣士になったの。ジョブチェンジってやつね」
エレクトラの下らないノリに、真人は今さら何をしにきたのかと思う。
「それで話って?」
「そうでした。私を、あなたたち三人のパーティーに入れてくださいな」
「ふざけたことを言うな!」
「ふざけてなどいませんよ。真人さんのアシスタントを引き受けたのと同様、理由があるのです」
「理由?」
「真人さんはお金をもらう仕事として来たようですけど、私がここに来た理由はお金ではありません。私がハルモニアと契約した内容は、元の世界に戻ることなのです」
「どういうことかわからないんだけど?」
真人は怪訝な顔になる。
「真人さんも転移するときに聞かれたんじゃありませんか? 欲しいものはないかとか、やりたいことはないかとか」
真人は考えるまでもなく思い当たる。
黒髪ロング……そうか。リクエストのことか。
しかし、エレクトラに答えたのは、様子を伺っていた桜子であった。
「私たちの使命が勇者と一緒に旅をして魔王を倒すことだったから、倒せなくなって帰れなくなった。だから、代わりの使命を受けて達成させて帰るってこと?」
「そうよ桜子。わかってるじゃない。ハルモニアが世界を越えさせてくれることは“報酬”で、私たち転移者は報酬を先取りしてしまっているから達成しないと帰れないのよ」
「でもエレクトラ。その理論、間違いないの?」
「確証はなかったけど、目的が達成されれば元の世界に戻してくれるとハルモニアは約束してくれたわ」
「それじゃあ仮にそうだとして、エレクトラは何をすれば帰れるとハルモニアに言われたの?」
桜子は、エレクトラに聞いたあと真人の方を見た。
「ちょ、ちょっと待ってよ。俺のリクエストは違うよ」
激しく動揺した真人は三人の視線を集めると、もう一度小さい声で言った。
「違うんだって……」
そんな真人を無視し、エレクトラは答えた。
「物語を作る手伝いをすることよ。でも実際は、一人では何もできない真人さんをサポートすることだったの」
それに真人が触れる。
「だが、ミントが現れていなくなっても成立した」
「ええ、だから勇者側に行かせてくれたのよ」
「行かせてくれたって?」
「ここに来れたのもハルモニアの力なのよ」
真人もゲートをくぐったことがあったので、そこは不思議ではなかった。
それよりも、気がついたことがあった。
モンスターを作り勇者の相手をすることへの報酬がミントならば、ミントを用意できる者が必要になる。そこで今度はエレクトラを報酬で釣った。
ここから自分が必要なことも加えて考えると、ハルモニアはキャラクターを作れないんだということがである。
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