第三章
*26話 ゴロゴロ*
「暇だなー」
「翔、だらしないよ。少しはトムさんを見習って、剣を振るとかの稽古をしたらどうなの?」
「なに言ってるんだよ知佳。チートなんだから稽古したってしょうがないだろ」
昼前、勇者である翔とヒロインの知佳は、拠点にしているミソラ村の宿屋でゴロゴロしていた。
「お二人とも仲がよろしいですね」
「どこがよ」
エレクトラの言葉に知佳がむくれる。
「私は、お弁当をトムさんのところに持って行きますね」
「はいはい。いってらっしゃい」
仲がいいのはそっちだろう。
知佳は、手を払うように振ってエレクトラを送り出した。
ガチャン
「なに? 忘れ物?」
再びドアが開く音に、そちらを見もせず知佳はぶっきら棒に言った。
「お休みのところすいません。村長の家まで一緒に来ていただけないでしょうか?」
そこにいたのはエレクトラではなく、村長の代理をやっている地元の名士アーロンであった。
「あ、どーも。はいはい行きますよ。ほら、翔も準備しなさい」
二人は宿を出ると、アーロンと共に村長宅へ向かう。そして到着すると、家の前には馬車が止まっていた。
「アーロンさん。馬車があるってことは、村長が戻ってきてるんですか?」
「はい。ですが勇者様、馬車はうちの村の物ではありません。まあ、わかりますよ」
翔たちは言われるまま村長宅に入ると、部屋にはチリチリの顎髭に薄い頭髪のどう見ても村長だろうという人と、その横にもうひとり偉そうな格好をした者がいた。
「なるほどわかりました。準備ができ次第出発しましょう」
「ちょっと翔、エレクトラさんにも聞かなくていいの?」
偉そうな人の提案に、翔が即答するので知佳が驚く。
「だって王様は、モンスターが暴れているから僕たちを呼んでいるんでしょ。なら行くしかないじゃん」
「さすが勇者様。兵士たちから聞いていた通りの御仁で勇気づけられます」
行政官だという偉そうな者は、貴族の依頼を受けていたのでどうしても勇者を連れて帰りたかった。
何も知らない翔はおだてられ上機嫌で、話の流れは変わる様子はない。
そう感じた知佳は、一日だけ待ってくれと話をした。
知佳は宿屋に戻ると、すでに帰ってきていたエレクトラを見つけ急ぎ説明をした。
「ああ、よかった。エレクトラさん、実は」
村長や行政官との話で、二人が明日にも王都へ向けて出発することになったと伝える。
「そうですか……」
「あの、エレクトラさんはやっぱり行きませんか?」
「ちょっと答えられないわね。明日の朝までには返事をするわ」
そして翌日になると、約束通りエレクトラは返事をする。しかしその答えは、知佳が考えていたものとは違うものであった。
「私も、お二人と共に王都まで参ります」
どうして? トムさんとあんなに仲がよかったのに。
「わかりました、翔と行政官には伝えておきます」
知佳は、理解できないにも関わらず平然を装った。
そしてその日のうちに出発になる。
「トムさん、ありがとうございました」
「いえいえ勇者様、こちらこそ村を救っていただいて感謝しています」
「一緒に王都まで行って、モンスター討伐を手伝って欲しかったですよ」
「俺は村を守らないといけないんで。知佳さんもお元気で。……それからエレクトラさんも」
「ええ、トムさん。またお会いできるといいですね」
見送りの村長とトムが手を振ると、御者が声を出す。
「ハイヤ!」
勇者一行は、城のあるカルデの町へ向かうのであった。
「勇者様、見えてきましたよ」
行政官はそう言うと、前方の幌をめくる。
「あれがカルデの城とその町か。ちょっと予想以上の大きさなんだけど」
翔だけでなく、その後ろから覗いていた知佳も町の大きさに目を見張る。
「ほんと。城も立派だけど、あんなに長い城壁をよく作ったわね。町の中もいくつかに仕切られているみたいだし」
驚いた二人に、行政官は自慢そうに話す。
「ここからの眺めが一番よく見えるんですよ。これを見たら、攻めようなんて考えを起こす者などいないでしょうね」
馬車は進み、一つ目の門を潜る。
「もっと調べられたりするかと思ったけど」
「知佳さん、この辺りはまだモンスターは出ていないんですよ。それに、勇者一行を調べる必要なんてありません」
行政官は自信たっぷりだ。
「平和な町なのですね」
エレクトラが馬車の後ろを開け町を見渡していると、もうじき二つ目の門である。
「どうぞ」「異常なし」「お疲れ様です」
門を警備している兵士たちは簡単に見るだけで、にこやかに挨拶をしている。
「行政官って偉いんですね。あんなに兵士たちに出迎えられるなんて」
「いえいえ、いつでも兵士たちは常駐していますよ。勇者様、もうすぐ城になります。お部屋も城内に御用致しますのでご安心ください」
カルデは、たくさんの兵士に守られた大きくて豊かな町であった。
「すごいな。塔もこんなに高いよ」
翔を筆頭に三人は、城に入ってからも驚くことばかりである。
「勇者様の部屋はこちらになります。女性のお二人はあちらの部屋をお使いください」
だがこの案内以降、行政官が来ることはなかった。
与えられた部屋は広く、フカフカなベッドにおいしい食事、困ったことがあればメイドが飛んでくると、なに不自由ない状況ではあったがである。
「入るよ?」
翌日、知佳が翔の部屋を訪ねた。
「別に遠慮しないで入ってこいよ」
「いやだって、なにしてると困るし」
「明るいうちはしねえよ」
「そんなこだわりあるの?」
「こだわりなんかあるか! それより用があってきたんじゃないの?」
「そうだよ。でね、王様も忙しいんだろうけど、拝謁っていうの? しないのかな」
「うーん。僕もすぐ会って『ごくろうじゃった』とか、言われるのかと思ったけど、よくよく考えると会う約束してないよね」
「え? それって『呼んだけど、会うとは約束していない』ってこと?」
「まあ相手が、そこまで考えているかはわからないけど」
「あー、暇だよ。ここに来ても結局ゴロゴロしてるだけなの?」
「わかんないよ知佳。王様に会えるか会えないかは別にして、モンスターが暴れているって呼ばれたんだから出動要請が先にくるかも」
しかし、城に来てから丸三日過ぎても翔たちのもとには話がこない。メイドに尋ねても、行政官は仕事中だからと断られるだけである。
「イライラするな。これじゃあ閉じ込められてるのと変わらないじゃん」
翔は、暇を持て余す知佳に手を焼いていた。
「そういや知佳。いつも一人で来るけどエレクトラさんは?」
「知らないわよ。どっかフラフラ出て行っちゃうんだから」
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