*32話 鉄壁*

 王のお言葉が終わると、宰相とニコラスは作戦の詰めをしていた。

「では、日が落ちる前に片付くのだな」

「はい、敵の兵は少なく、いくら勇者が強いといってもこの兵力差は埋められないでしょ」

「町に被害が出ないに越したことはない。頼んだぞニコラス」

 ニコラスたち国王軍は城壁などは利用せず、隊列を組む勇者たちの兵団に向かい合うように布陣をした。

「数も装備もこちらが上、彼らは何をしにきたんですかね?」

「マイケルは初陣だろ。油断するなよ」

「団長、心配いりませんよ」


 バッタン! バッタン! バタバッタン!


「どうした!」

 ニコラスが振り返と、動いてもいない馬から騎士たちが落馬していく。

「マイケルどうした?」

「団長! 一体何が? 魔法ですか?」


 ワーーーー!


 勇者たちの軍勢が、倒れていく王国軍の兵士を見て突撃を仕掛ける。

「迎撃しろ!」

 王国軍の歩兵たちは横に並び盾を前に出すが、ところどころ倒れだす者たちが出ている。

「一般兵もなのか?」

「団長!」

「おお、軍医か」

「あれは毒です。口がしびれているのか呂律も回らないようですし、顔面に紅潮も見られます」

「では毒消しを!」

「やってはいますが効いていないようです。手遅れかと」

「なに!」

 ニコラスには、思い当たる節があった。

 戦はいいところ二、三時間。ならば急ぐこともなかろう。

 そう考え、準備中に昼食をとらせていたのだ。

 あの女か!

「マイケル! あの」


 バッサ!


「団長!!」


 ジュバ!


 伝えようとしたニコラスと、それを聞こうとしたマイケルは続けて切られる。

「すまないね。勇者はチートなんで」

 エレクトラの食事を口にしなかった二人も、飛ぶように現れた翔のスキルの前にあっけなく真っ二つにされたのである。

 精鋭である騎士たちが全滅し、王国軍の兵士たちはパニックに陥る。

「こ、こんなところまで勇者軍の兵が!」「なんてことだ」「どうする?」「逃げろ逃げろ」「退却だ!」

 兵士たちは、なりふり構わず城門へまっしぐらだ。

 そんな退却中の兵士たちに、さらに矢が降り注ぐ。

 このエレクトラさんが作ってくれたチャンス。逃すものか!

 トム率いる弓隊であった。

 知佳が脱出する際エレクトラから託された手紙には、彼を動かす二つのことが書かれていた。

 一つは、港町が襲撃されるなど各地で被害が出ているにも関わらずモンスターに対応しようとしない王の放漫さ。そしてもう一つは、翔と知佳を救うために自分の意に反して妾になるということであった。

 これを読んだトムは激怒し、今まで勇者たちが救ってきた人々に挙兵を呼びかける。

 その誘いは勇者に感謝する者、城下町との格差に怒る農民、守ってもらえない商人など、不満があった各地の人々を次々に巻き込んでいった。

 これが、勇者軍として結集している者たちの正体である。

 そして今、勇者の圧倒的な力を見た彼らは暴力に思いを乗せて城を目指すのであった。


「一大事でございます」

「いかがいたした」

 宰相は取り急ぎ報告をと、王の部屋を尋ねる。

 しかし、王の横にはエレクトラがいた。

「構わん」

「ハハッ。ではご報告いたします。撃って出たニコラス以下騎士隊が全滅いたしたそうです」

「なんと! 勇者の率いている者たちはそんなに強いのか?」

 王は目を大きくし、後ろに控えていたエレクトラも両手を口にする。

「いえ。報告によると、騎士団は勇者たちの術を用いた策により戦わずにやられたようにございます。町に被害を出すまいと外に陣を敷いたことが裏目になったようで」

「うむ……」

 深くため息をつく王に、エレクトラが震えた声で言葉を溢す。

「なんてことでしょう。まさかあのニコラス団長までやられるなんて……」

 そして今度は、慌てふためくように言うのだ。

「ウイリアム様、逃げましょう。勇者たちが来る前に、わたくしと二人で」

 ウイリアムは、そんなエレクトラの肩を優しく抱き落ち着かせようとする。

「ここなら安全じゃ」

「しかしウイリアム様。あの勇者は城から逃げおおせているのですよ。もし城に侵入されたら、わたくしのことを許さず殺すかも知れません」

「うん? 何故エレクトラが殺されるのだ?」

 エレクトラはそう言われると、目を赤くし涙を流す。

「おお、すまぬすまぬ。怖がらせるつもりはなかったのじゃ」

「いえ、違うのです。実はウイリアム様に、お詫びしないといけないことがあるのです」

「お詫びとな?」

「あの秘宝を見せていただいた夜、自慢をしたくて勇者に話てしまったのです。その美しさと言い伝えを」

「なんと!」

 ウイリアムも驚いたが、声を出したのは宰相であった。

「ですから、お詫びしてもお詫びしきれないと泣いてしまったのです……」

「まあそう言うなエレクトラ。過ぎてしまったことはしょうがない」

 王は、声を出した宰相の方に目をやり同意を求める。しかし、困り果てた宰相は固まってしまい何も答えない。

 そんな中、エレクトラは間を置かない。

「いいえ、わたくしが悪いのでございます。だってきっと、勇者はそれを狙って攻めてきたのですから」

 考えてしまう王に、エレクトラはさらに続けた。

「勇者は特別な力を持っておりますが、もし秘宝で別の勇者を呼び出されてはウイリアム様に逆らえなくなってしまいます。ですから、それを奪うか壊すかしようと考えているに違いありません」

「なるほどな、一理ある。ニコラスも奇術にやられたと申すし」

 王はそう返事をすると、宰相に尋ねる。

「それでこれからどうしたものかのう?」

「はい。彼らは城下町に侵入を試みているようですので、直ちに守備兵で各門を固めます」

「うむ、頼んだぞ」

 宰相は落ち着いて見せていたが、実際は混乱し城門の管理などはできていなかった。


 宰相が出て行くと、ウイリアムとエレクトラはまた二人になる。

「自室でゆっくりしておってよいのじゃぞ」

「ウイリアム様、わたくし恐ろしゅうございます」

「心配ない。城壁は複数ある。越えてなど来れんから」

「ですがウイリアム様。秘宝を守らないと……」

 そう言ったかと思うとエレクトラは、伏せていた顔をハッと上げる。

「そうですわ、使えばよいのです。そうよ、使ってこちらも勇者を招けばいいんだわ」

 早口になるエレクトラに、ウイリアムは少し呆れる。

「なに、宝物庫には誰も近寄れんて。道がないのじゃから」

「道、ですか?」

「そうじゃ。我々のいる階を通らなければ行けないのじゃ。ということはじゃ、見張りが皆倒されない限り宝物庫へは辿りつけん」

「そうなのですね。あの……」

「どうした?」

「ここにいてもよろしいのでしょうか?」

「しょうがないのう」

 王は部屋で、エレクトラと一緒に報告を待つのであった。


 その頃城下町では、勇者たちの軍団が城へ進みながら略奪や放火などを繰り返していた。

「すげー、やっぱ城下町は違うな」「おい、見て見ろよ。こんなピッカピカな鍋見たことないぞ」「おいおい、この屋台の野菜。卸値の三倍で売ってやらあ」

 しかし、城下町の人々も黙ってはない。

「泥棒が!」「この野郎!」

 鉄パイプやシャベルを持ち出し立ち向かっていくのだ。

 一方兵士たちは、誰が敵か市民なのかもわからなくなり右往左往している。

「エリアを仕切る門を閉め孤立させるんだ」

 兵長の命令が飛ぶも手こずり、その間に兵は翔たちに切られていく。

「はいはいはい、どこ見てるの? 勇者様のお通りだよ」


 シャ! ジュバ! グサ!


「それ、そんなアホどもは相手にするな! 目指すはクソ王だ!!」

 トムも軍団を進ませようと檄を飛ばす。

「ウイングカッター!」


 シュパ、シュパ、シュパ!


「攻撃魔法使えるんですね?」

 知佳の攻撃魔法にトムが驚く。

「あんまり使いたくなかったけど、さすがにこの数相手じゃね」


 ピュンピュピュン!!


「フリーズ!」


 カコン! コン!


「ほらトムさん、フリーズじゃいつまでも壁が持たないから反撃してよ」

「おう! 構え、目標城壁の上の兵士。撃て!」


 ピュン! ピュン!


「ちょっと翔、町中火の海じゃない」

「知佳消せる?」

「フリーズぐらいじゃ消せるわけないでしょ。バケツリレーの方がマシよ」

 風に煽られ火が燃え広がる中、城に向けて軍団は進んで行く。

 もう少しです。エレクトラさん待っててください!!

 トムは、顔を煤と血で黒くしながら指揮を執るのであった。

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