*7話 仕事*

 午後、庭では真人たちが干した洗濯物が風になびいていた。

「おじゃまするわよ」

 ハルモニアが、昨日の今日で訪ねてきて玄関に立っている。

「どう? スキルの使い方はわかったかしら」

「ええちょっとは。それよりハルモニアさん。そんなところに立っていないで、どうぞ座ってくださいよ」

 真人が中へと勧めると、ハルモニアが真人越しにミントを見て怪訝そうにする。

「いえ、いいわ。それよりその子……」

「ああ、その、召喚して造形で加工したんですけど、可哀想で壊せなくって」

「そうですか。まあ、それはどちらでも構いません。とりあえず、お二人ともスキルを使いこなせることがわかり安心しました」

 表情が戻り淡々と話すハルモニアは、続けてモンスターを要求した。

「スライムですか?」

「はい、今すぐとなると」

 真人の提案を聞いてわかるところを見ると、女神だけあってハルモニアはスライムを知っているようである。

「それでよいので何匹か召喚して、スキル調整でわたくしの指示に従うようにしてください」

 真人は、なるほどと思う。縛ったり檻に入れたりするのではなく、モンスターを調整で管理すれば連れて歩けるとわかったからだ。


「それじゃあ……」

 召喚を始めようと、外に出ようとするエレクトラを真人が止める。

「ハルモニアさん。給料についてなのですが、向こうの世界の口座に全部振り込まれても使えませんので、半分はこちらでいただきたいのです。それから、少し前払いしていただけませんでしょうか?」

「構いませんが、町にでも行かれるおつもりですか?」

「はい、買い出しに行こうかと思いまして。着替えとかあまり持ってきてないんですよ。ダメなら一度、荷物を取りに戻りたいのですが」

「わかりました。お勤めが終わるまでいていただがないと困りますので、前払いも致しましょう。それから地図と方位磁石もお渡ししておきます」

 真人は納得すると、エレクトラの方を向いて小さく頷く。

 対してエレクトラは、小さく息をこぼし女神との取引に呆れていた。

「では、気を取り直して」

 エレクトラがさくさくスライムを召喚すると、真人も次々スキル調整を使い難なく量産していく。

 成長していると実感した二人は、顔を見合わせると微笑んでしまった。

「それでは確かに受け取りました。勇者のレベルはすぐに上がると思いますので、次に来たときは新しいモンスターもお願いしますね」

 ハルモニアは二人の笑顔など気にもせず、金貨を渡すとスライムを引き取って消えてしまった。


「ハルモニアさん。帰っちゃったね」

「そうですね。仕事の話以外はするつもりがないようですね」

 お金も手に入り、夕飯前に町へ行く段取りを決めようと考える真人であったが、エレクトラと話しているうちに詰めなければならないことが多いとわかる。

「ミントは留守番かしら?」

 エレクトラの言葉にミントは膨れる。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何でそうなるの? 三人で行こうよ」

「だって真人さん、家の見張りはどうするんですか? 盗みや野犬から守る必要があるでしょ」

 真人はこの時、今まで安全であったことを疑ったことがない不思議に気づく。

「女神の加護とかで守られてるんじゃないの?」

「真人さん、なんですかそれは? 私は聞いていませんけど」

「いや、俺も聞いてないけど……と、言うことは、今までも襲われる可能性があったってこと?」

「わかりませんけど、そうなんではないですか?」

 真人は、今日から寝られるか不安になる。

「エレクトラ。家を守る何かを召喚しよう」

「そうですね。お出かけの時だけじゃなく、夜なども安心ですし」

 身の危険を感じた二人は、外に飛び出し早速召喚に入った。


 シュワワワワーーー


 ゴーレムである。

 それは、エレクトラにとって会心の召喚であった。

「小さめだけどこのフォルム。完璧だよ、エレクトラ」

「はい! これは強そうです。では次は、旅の護衛をするお供を」


 シュワワワワーーー

 シュワワワワーーー

 シュワワワワーーー


「つ、疲れました」

「うまくいかないね」

 どうやら、最初の一回で力を使い果たしてしまったようだと真人は思う。決して、10連でないからダメなのではないか? などとは思っていない。

「ハルモニアさんいつ来るかわからないし、いつまでも挑戦できないよね」

「はい、真人さん。依頼の召喚ができなくなっても困ります」

 二人は、片道一回の野営は別のスキルで乗り越えようと決めた。

「では夕飯の後、屋根裏に転送用魔法陣を書きますね」

 それは、食材などをそこに置いておき、野営場所で受け取るためのものである。

「屋根裏? エレクトラ、そんな場所あるの?」

「リビングの階段を上がったところのことですよ」

「ああ、ミントの部屋も必要かと思って、そこにと考えていたんだけど」

「しかし、転送用魔法陣を外に書くわけにもいきませんし」

「うん、わかったよ」

 真人は、エレクトラがミントと一緒に寝てくれるわけもないと、当分は一緒でしょうがないなと思う。

 鞭打ちとか木馬責めの夢を見ませんように……。


 翌朝。

 まだ空が薄暗い頃、距離を稼ぐために町へ向けて三人は出発していた。

「馬車が欲しいですね」

「ええ、この道じゃ走れないよ」

「馬、召喚できるかしら」

「無理じゃないの、馬って結構デカイじゃん」

 真人は、エレクトラの愚痴の相手を最初こそはしていたが、アクティブでない生活を送っていたので余裕がなくなっていく。

「ミントごめん」

「平気」

 召喚の際、液体ではこぼれる可能性があるだろうと竹筒に入れ背負ってきた水をミントが代わって持つ有様である。

「真っすぐ歩けているようですね」

 加えて、地図や方位磁石の確認もエレクトラがするような状況になっていた。


 気候も良く、こまめに休憩をとることで何とか野営をするポイントまでたどり着いていた。

「正確だったな。女性は地図を読むのが苦手って話、嘘なのかよ」

 へたり込み、地図を確認しながら真人がぼやいている横では、ミントが鍋を吊るす三脚を組んだり薪を集めたりしている。

「働きものだな。全然疲れている様子ないけど、こっちの世界だとみんな歩けるのかな」

「そんなわけないでしょ!」

 召喚した食材を切っていたエレクトラは、さすがに真人にも手伝って欲しいと怒っている。

「ごめん、ごめん。手伝うよ」


「いい匂いがしてきたね」

「はい、真人さん。ミントのおかげですね」

 肩身が狭い。

 そう思っている真人に、エレクトラは続けてフラグな話をする。

「匂いに釣られてモンスターなんかが来なければよいですけど」


 グルルルルー


「エレクトラ、オオカミが!」

「いえ、真人さん。あれは野犬のようです」

 四匹か五匹か? 取り囲まれた三人は動くことができない。

「エレクトラ。囮になりそうなもの、召喚しよう」

「無理ですよ。詠唱しているあいだに襲われます」

 それならばと真人は、火で脅かそうと焚火の中から薪を拾おうとする。


 ガァーーー!


 視線を逸らした真人を、野犬は見逃すことはなかった。

「危ない! 捕縛!!」

 エレクトラが叫ぶと、飛びかかってきた犬の正面に光る網が現れる。そして、そのまま突っ込んだ犬はゴールに刺さるサッカーボールのように網の中央を押すので、閉じた周囲に包まれその場に転がった。

「ちょ、調整!」

 真人は、転がってもがいている野犬に近づき手を向けて叫ぶ。


 ワオン……


「どうやら、コントロールできるようになったみたいだ」

「はい。ですが真人さん、全部を捕縛するのは難しいかと」

「ボスか半分を調整できれば勝てるんだけどな」

 真人たちは、どれがボスなのか、何匹いるのかを把握することができない。


 ガルル! ガルルルル!!


 睨み合いはここまでと、野犬たちの総攻撃が始まる。

「捕縛! よし。捕縛!」

 エレクトラは、捕縛を繰り返し野犬の進路を塞ぐ。

「抜けました!」

「了解。いけ!」

 真人は、抜けてきた野犬に手持ちの一匹を宛がい守ることに成功する。

 が、しかし。

「あ!」

 別に抜けてきた犬がエレクトラに襲い掛かり、避けようとしたエレクトラはつまずき後ろ向きに転ぶ。

「いやー!!」

 エレクトラは、覆いかぶさる犬の喉を抑え必死に耐えている。

「こいつ!」

 真人は、転がっていた木材を拾い、走り寄ると覆いかぶさる野犬の腹を横から殴りつけた。


 キャイン


「はぁはぁはぁ。大丈夫、エレクトラ」

 頬っぺから首にかけ犬の唾液がかかり垂れているエレクトラは放心状態だ。

 しかし、こうしているあいだにも野犬たちは休むことはない。

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