*33話 王*
「王様、王様!」
さすがの宰相も、慌てた声になっていた。
「慌ただしい」
「申し訳ございませんが、兵士たちを鼓舞していただけませんでしょうか?」
「そうか。苦戦しておるのだな」
エレクトラは、部屋を出て行こうとするウイリアムの袖を掴む。
「心配するな。剣と鎧をつけて玉座で話すだけじゃ」
「本当でございますか? 戦いに行ったりしませんか?」
「うむ」
「それでは、わたくしもお着替えをお手伝いいたします」
「しかしのう」
「一人は嫌でございます!」
ドアを開けたままいつまでも話している二人に、焦りが募った宰相が妥協を見せる。
「入り口の部屋まででしたら目を瞑りましょう」
王が絶対とはいえ、宰相はルールを破ったと噂が広まるのを避けるため、使用人や警護兵に口止めをする務めもしていた。なので、着替えをする部屋に連れて行くことに反対だったのだが時間がなく折れたのだった。
「この部屋ですか?」
着替えをするという部屋があまりに近くにあるのでエレクトラは拍子抜けしてしまう。
「ここで待っておれ」
王はそう言うと、奥の部屋に宰相と二人の部下を連れて消えて行った。
「あら? ここで着替えるのですよね?」
残された使用人は、ニコッとするだけでエレクトラの言葉に答えない。
何かしら?
エレクトラは、使用人数名と鎧などを置く台しかないこの部屋に入った時、宰相は何を御大層に隠そうとしていたのかと思った。
しかし、奥の部屋に続くドアを見てからおかしなことがいくつかあると考えた。
鍵穴があるわ。廊下に面したドアじゃないのに。
それに今思えば、なんで装備の方を自室に運ばせないのよ?
「待たせたな。では頼むぞ」
戻ってきたウイリアムは、危機だというのに機嫌が悪くない。
「こうかしらね?」
使用人の邪魔をしているだけのエレクトラは、待たされた時間の長さも気になっていたが何となくわかっていた。
宝石が散りばめられた剣や鎧は武具ではなく装飾品だと。
「まあ、重そうですわね」
装備を付けたウイリアムを見てエレクトラはからかう。
「もう少し褒めてくれてもよいじゃろう。まあ、重いがの。ワッハッハッハ」
王は、周りの冷めた空気を感じていない。
「それではエレクトラ。今度こそ待っておれよ。さすがに玉座には連れて行けんからのう」
「はい。仕方がありませんので、ウイリアム様のお部屋で待たせていただきます。早く戻ってきてくださいね」
王は、部屋に戻るエレクトラを見送ってから玉座へ向かった。
「さて、あの部屋を調べないとね」
一度王の部屋に戻ったエレクトラは、廊下に出てあの使用人を探す。
そして見つけると、片方のイヤリングを外してからこう言った。
「あの、宰相様から言付けがあるのですが、玉座でのお話が終わるのに備えてタオルが欲しいとか」
使用人は頷くとエレクトラに言った。
「それはわかりましたが、イヤリングを片方落とされたのではないですか?」
エレクトラは耳を触り驚く。
「あら、いけない。あれは王様からお借りしているだけなのに、無くしたなんてなったら怒られますわ。あ! きっと、お着替えを手伝った時に落としたのね」
着替えの部屋へ向かおうとするエレクトラを使用人は止める。
「あの、鍵がかかってますよ」
「あら、どこで借りられるのかしら?」
「これを使ってください。本当はお手伝いしたいのですが、タオルが必要なんですよね?」
「ええ。こちらは一人で大丈夫ですわ」
カチャ!
使用人から鍵を借りたエレクトラは、早速着替えが行われた部屋に入った。
「さて、こっちのドアはと」
宰相は、私がウイリアムから秘宝を見せられたことを知らなかった様子だったわ。と、いうことは、中に報告するよな見張りはいないはず。
「まあ、そろそろいいかしらね」
エレクトラの周辺が光り出す。
『召喚!』
ボン!
扉の鍵周辺が忽然と消え、エレクトラの横に転がり落ちる。
「おいしょっと」
ドアを押し中を覗くと、下へ続く螺旋階段があった。
「あら親切にランプまで置いてある。桜子みたいに補助魔法が使えないから助かったわ」
エレクトラは、ランプを持ち下へ下へと降りていく。
勘弁してよ。
そう思った時、大きな扉が姿を現した。
「ゴールみたいね」
再びエレクトラの周辺が光り出す。
『召喚!』
ボン!
大きな扉の鍵周辺も忽然と消え、そしてエレクトラの横に転がった。
「やっとだわ、あの箱ね」
エレクトラは箱を開け、中にあった秘宝を手にする。
「うーん、不思議。ランプの光しかないのに輝いている」
その時秘宝から、エレクトラの頭に直接言葉が届いた。
「…………」
「ええ、そうよ。あなたには、転移をさせる力があるんでしょ? さあ、私を元の世界に戻して!」
エレクトラは、独り言を話すように秘宝と会話をする。
「…………」
「そう……あなたの力では戻れないのね」
「…………」
「それは?」
「…………」
「そんなことできるの?」
「…………」
「でも翔がやってくれるかしら?」
「…………」
「では、新たに転移させるの?」
「…………」
「なるほど、あなたにはそれができるのね」
エレクトラは、秘宝を袋に入れると腰から下げ階段を上がる。そして王の部屋まで辿り着きドアを開けると、鎧姿で立ち尽くしているウイリアムを見たのである。
「おお、エレクトラ!」
「ウイリアム様! 戻られていたのですね」
「待っておったのじゃ。余と逃げてくれ」
聞き耳を立てると、廊下の向こうから騒ぐ兵や使用人の声が聞こえてくる。城には勇者たちが迫り、みな逃げる算段をしているのだ。
隙間のあいたドアをそのままに、エレクトラは窓際まで歩く。
夕日と燃える町の光が差し込み、彼女の髪はさらに赤く輝いた。
「聞いておるのか!」
ウイリアムはエレクトラの側まで行くと、腕を掴み自分の方を向かせる。
「ええ、聞いていますとも」
エレクトラはそう言うと、ウイリアムの宝剣に手をかけ上に引いた。
借りていたドレスもまた赤く染まるのであった。
窓から眺めていたエレクトラの背後では、悲鳴や泣き叫ぶ声がしていた。
「勇者様ご到着ね」
ガッタン!
「おお、エレクトラさん。無事だったんですね」
部屋に突撃してきたトムが、半べそをかきながらエレクトラを見つめる。
「トムさん……来てくれたんですね」
続いて、翔や知佳も王の部屋に入ってくる。
「エレクトラさんこれは?」
血を流し、倒れているウイリアム5世を見て翔が尋ねた。
「私がやったの。皆さんが騒ぎを起こしてくれて隙ができたからできたんです。あと、これのおかげかな?」
ドレス姿に似合わないお茶目な言い方で、腰の袋を手に取って見せる。
「「「それは?」」」
「秘宝よ。これで転職したの、剣士にね」
こうして、屈強と思われていたカルデ城は半日もしないで落ちてしまうのであった。
その後、翔は勇者として復興させると宣言し王になる。
だが、そもそも町の四分の一が焦土と化した原因は勇者が起こした反乱によるものであったため、市民はウイリアム5世も翔王も変わらないのではと思っていた。
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